人間牧場

〇瀬戸内海に浮かぶ中島へ講演に出かけました

 昨日は2日間降り続いているシトシト雨の中、松山市の沖合いに浮かぶ旧中島町の中島小学校へ講演に出かけました。この小学校の新谷校長先生は、かつて合併前の中島町教育委員会で派遣社会教育主事をしていたり、県教委で社会教育の仕事をしていたこともあって、今でもとても親しくしていただいています。数日前自筆の丁寧なお便りまで頂き、その中に私の親友古野セキエさんや豊田渉さん、それに現職のころ一緒に教育長をやった金本房夫先生も「あなたの話を聞きに来るかも知れない」と書いていました。私の漫談調の話を聞かれるのはやばいと思いましたが、結局は話の中身を考える暇もなく昨日は出かけてしまいました。

立派な中島小学校
立派な中島小学校

 予め駐車場の件で豊田さんに電話して教えてもらったとおり、伊予鉄高浜駅前の船着場にある駐車場に少し早目に車を止め、雨が降って肌寒く感じるので切符を売り出す10分前まで、車の中でカーラジオを聞きながら時を過ごしました。やがて切符の発売が開始されたようなので待合所へ行くと、豊田さんが見えられました。豊田さんは私が代表を務める21世紀えひめニューフロンティアグループのメンバーで、20年間も続けた無人島キャンプの立役者であり、忘れられない古い付き合いの親友なのです。この春定年退職し、再雇用で中島BGセンターへ勤務しているようですが、この1年間電話で声は聞いていますが、出会うこともなかったので、久しぶりに再会を喜びながら約45分かかる船の中で大いに話し込みました。

 大浦の港には校長先生自らが車で出迎えに来てもらい恐縮してしまいました。校長室で四方山話をしていると、そのうち古野セキエさんや金本房夫先生も見えられ、校長先生や豊田さんも交わり楽しい話に花が咲きました。そのうち体育館へ案内され講演会が始まりました。中島小学校は旧中島東小、中島南小、天谷小が統合して開校した比較的新しい学校です。開校当時104名だった児童数も本年度は64名となり、児童の減少に歯止めがかからない苦悩を抱えていました。参観日の後の講演会でしたが、殆どの父兄が残って熱心に私の話に耳を傾けてくれました。はてさて私の「親へのメッセージ」という話は皆さんの心に響いたでしょうか。
 新谷先生の見送りを受けて高速船で帰って来ましたが、船の別れはいつものことながらどことなく淋しいものです。わずか20分ほどの船旅でしたが、同行してくれた豊田さんと島の将来のことについてもすっかり話し込んでしまいました。小雨に煙る海の向うに、青春時代仲間と夢をたぎらせた無人島由利島がかすかに見え隠れしていました。

  「懐かしき 人の顔々 うち揃い 校長室にて 四方山話」

  「500頭 イノシシ捕獲 したという 話を聞いて 島も大変」

  「耕して 天に至った みかん山 作り手もなく カズラの山に」

  「由利島だ 小雨に煙る 海の上 見つけ懐かし 青春思い出」

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