shin-1さんの日記

○イチゴの水耕栽培

 先日孫と二人で翠小学校の近くにある観光イチゴ園に行きました。毎年のことながら5歳にもなると孫はそれなりに私の心を読み取って様々な要求をしてくるし、その要求が私のへそ曲がりでどの程度なら通るのかもう熟知しているのです。そんな孫と私の関係は妻に言わせれば今流行のテレビ番組「相棒」とそっくりなようです。

 「おじいちゃん、今日はイチゴ狩りに行こう」と誘われました。車を走らせれば馴染みの農園へは5分で到着です。孫は毎年何度かイチゴ狩りに来ているためすっかりお馴染みさんで、雑談をしながらハウスの中へ入って行きました。ハウスの中はもう春を通り越して初夏のようなポカポカ陽気です。ミツバチも飛び交い真赤に熟したイチゴがたわわに稔っていました。

 この観光イチゴ園も創業以来もう5年以上も経っているので、さちのか、とよのかなど様々な品種が植えられていて、酸味が合ったり奄美が濃いかったりして味が微妙に違うのです。孫はヘタを入れる小さなバケツを持って当りかまわず歩き回り、良く熟れた鹿も大きい実をどんどんちぎって食べています。私などは大人だというのに孫の半分も食べることができず、今更ながら孫の食欲には驚かされるばかりです。

 「おじいいちゃん、お母さんとおばあちゃんにお土産を買って帰ろう」というので、事務所でパックを受け取り②パック詰め合わせました。これも孫のやさしい心の表れでしょうか、ついつい嬉しくなりました。やがて腹いっぱいになってハウスの中のベンチに座って休憩していると、孫が便ーるパイプを目敏く見つけ、「おじいいちゃんこのパイプは何に使うの」と質問するのです。私は分らぬまま、このパイプからイチゴに水やご飯をあげるのよ」というと、孫は「フーン」とうなずきながら、「じゃあ僕の食べたイチゴはご飯を食べたんだからそのご飯も一緒に食べたの」と逆質問です。「ウーン、困った」でした。

 私たちは植物にとって最も大切なのは土と水と太陽と栄養になる肥料だと子どもの頃から教わってきました。ところがこのイチゴの栽培は全く土を使わない水耕栽培なのです。土が無くても植物は出来るのか最初は戸惑いましたが、このイチゴのようにロックウールといわれる綿のような土に変わる代用品があれば植物は管理さえすれば立派に育つのです。むしろ土だと中に微生物や病原菌があって、発達を阻害することだってあるのです。その点水耕栽培は栄養を根元に散布し、葉面に散布すれば化学的には土と同じ、自然と同じように成長するのです。

 だとしたら、孫が言うようにまるでストローのようなパイプから送られてくる栄養分を私たち人間は、イチゴという物体を通じて食べているに過ぎないのです。「イチゴが食べた食べ物を人間が食べる」何と不思議な出来事なのです。

 じゃあこのイチゴハウスの栄養分となる液肥は一体どんなものなのか、そこまでは知る必要がないまでも、その液肥が安全な物かどうかは知っておかなければならないのです。

 宇和島地方は鯛やハマチの養殖が盛んですが、ハマチに食べさせた餌がイワシだとしたら本当にイワシににた味がするかもしれないと、真剣に考えた時期がありました。実はハマチを冷蔵庫で長く保存して食べると本当にイワシの味がするという話もまんざら嘘ではないようです。

 イチゴを食べるときは液肥を食べているという感覚で食べると味も素っ気も無いので、やはり余り気にせず食べることが肝心かも知れませんね。

  「水耕の イチゴの食べた 養分を 人間食べて 美味い美味いと」

  「じいちゃんの 好みしっかり 掴んでる 五歳の孫の 人を見る目が」

  「何となく 土の匂いの しない分 物足りなさを 感じるイチゴ」

  「土も無く どうしてイチゴ 出来るのか 不思議な時代 俺は分らぬ」

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shin-1さんの日記

○私はエッセイスト?

 リタイアし自由人になって早いもので3年が過ぎました。新聞紙上に人事異動の記事が載る季節になると、華やかなご栄転の顔写真入りとは対照的に、最後の欄に虫眼鏡で見ないと見えないほど小さく、印象的に退職者の名前が掲載されているのです。部長で辞めた人も係長で辞めた人も人それぞれですが、多分この記事にさえも載らない多くの人たちが第一線から退く事を思うと、仕事の値打ちとは、人間の値打ちとは一体何なのかと、しみじみ思うのです。多分公務員だと職責上えらかったであろう人たちは、天下って多少の不自由はあっても、力を誇示し続けるのでしょうが、平で辞めた人たちにはそんな恩恵も無く社会の荒波に放り出される運命にあるのです。でもご安心下さい。社会は心さえしっかりしていれば、4月1日が再スタートで誰からも文句を言われる自由人としての暮らしが待っているのですから・・・・・・。私のように・・・・・。

 私は今自分の役職を調べて見ましたら、退職と同時にかなぐり捨てたはずなのに、人間牧場主、えひめ地域づくり研究会議代表運営委員、愛媛大学法文学部非常勤講師、夕日のミュージアム名誉館長、21世紀えひめニューフロンティアグループ代表、国土交通省観光カリスマ、地域活性化伝道師などなど十指余る役職があるのです。最も嫌いなひどい時は先生とか元教育長などの名前でも紹介されたりして、「私は先生ではない」と打ち消すのに懸命なのです。

 そんな折、私の友人が会社員なのに名刺に「エッセイスト」と刷り込んで配っているのを見て、悪くはないなと思いながら、いっそ私「もessayist」という名前でデビューしようかとも思ったりしています。エッセイストとは、エッセイを書く人、随筆家のことで、形式にとらわれず、個人的観点から物事を論じた散文や、意の趣くままに感想・見聞などのまとめた文章を、新聞や雑誌あるいは単行本などに執筆する人のことをいい、エッセイストだけではなく、エッセイスト以外の肩書きを持つ場合が殆どなので、私もそんな概念にピッタリなような気がしているのです。

今のところ頼まれて雑誌やインターネットサイトに定期的に記事を書いているし、ブログもある意味エッセイなので使ってみたいと思っています。しかし仮にもエッセイストと名乗るからにはそれ相応の勉強や努力が必要で、納得のいく文章が書けるようにならないと軽はずみに使うことは出来ないと思っています。

 最近、私のブログも相当認知されて、読者が少しずつ増えてきました。エッセイを書くには、まず知識を習得するため読まなければなりません。暇さえあれば読書を欠かさないことがまず絶対条件でしょう。次に書くことです。自分でいいと思った文章でも人の批判に晒さなければ何の価値も無く成長だってないのです。その点だけでは私は合格点だと思っています。本もそれなりに読むし、書くことだってそれなりの量をそれなりのスピードで書いてます。問題はそこからです。文章には天性のようなものがあって、幾ら努力しても一定のレベル以上へは進むことができないのです。私は子どもの頃から国語が好きで、文集を沢山書いてきました。また役場に入ってからも町の広報を10年間担当して書いてきました。しかし残念ながら凡人の私はそこから上達しないのです。これまで5冊もの自著本を出し、共著本にも名前を連ねましたが、どうも満足がゆかないのです。多分それこそが天分の無さだと自負するところです。

 ある意味で格好いいエッセイストになれるかどうか、今後の精進でしょうが多分縁のない社会かも知れません。

  「エッセイを 頼まれ書くが 上手くなく エッセイストには なれぬ落胆」

  「将来は エッセイストの 肩書きを 名刺に刷って 配ってみたい」

  「また俺の 心でうずく 夢一つ エッセイストを 目指す野望が」

  「原稿を 頼まれ送る これエッセー 原稿料まで いただき嬉し」 

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