〇竹とんぼの思い出
先日、日ごろからお世話になっている元県教育次長だった藤原さんに出会いました。90歳という高齢にもかかわらず今なおかくしゃくとして、車を運転する等お元気なご様子でした。その折私が何年か前に差し上げた竹とんぼのことが話題に登りました。竹とんぼといえば普通は竹コブターのことですが、私が藤原さんに差し上げた竹とんぼは、当然のことながらトンボの形をしています。私が町の教育長をしていた頃、上灘中学校の校長先生をしていた窪田さんと一緒に400匹もの竹とんぼを作って、地区別人権教育大会に参加した全ての人に、配った逸話は今も語り草になっていますが、その後も退職した窪田先生に頼んで作ってもらい、その裾分けを藤原さんに差し上げていたのです。
藤原さんはその奇妙な竹とんぼの動きが気に入り、家の玄関先に飾っていたようですが、何かの拍子で地面に落ち、羽根が壊れたそうです。接着剤で修理をしたものの以前のような絶妙な動きを再現することができず、願わくばもう一匹欲しいと言われました。私は早速帰宅後講演道具として終っている古道具の中を探し、2匹の竹とんぼを見つけました。早速明くる日息子の新築祝いに出かけたついでに、衣山の藤原さん宅を訪ねました。愛光学園近くだということだけは知っていましたが、携帯電話の誘導で無事藤原さん宅まで辿り着き、ささやかながら竹とんぼをプレゼントさせてもらいましたが、大層喜んでもらいました。
終戦時最後の騎馬兵だった藤原さんは、今も自宅にいる時は年中素足で過ごす剛の人で、書斎はきちんと片付いていて、積もる話を顔見知りの奥さんとともにしましたが、それにしても窪田先生が作ってくれたこの竹とんぼは、指先や割り箸の先に止まらせると、まるで生きているような実に見事で繊細な動きをするのです。私はこれまで何度もこの竹とんぼを講演先に持って行き、壇上で「赤とんぼ」という曲をハーモニカで吹きながら、まるで軽業曲芸師のように、集まった人に見せました。始めて見る人は一応に驚き、中には欲しいと懇願される人や、強引に持ち帰る人もいました。今は懐かしい思い出ですが、そうだ次の講演ではこのネタで会場をひとつ笑わせてやろうと思い、書棚の奥から手づくりの竹継ぎ竿と竹とんぼを見つけ出しました。「出番ですよ!!」。
「その昔 竹のとんぼを 400匹 作って配り 今も伝説」
「竹とんぼ 欲しいといわれ 探したが 記憶曖昧 二匹見つける」
「竹とんぼ 竿に止まらせ ハーモニカ 吹いて曲芸 会場沸かせ」
「またやろう にわかに昔 思い出す 出番ですよと 竹のとんぼに」