○現代生類あわれみの令
「犬や猫を飼うのが悪いというのではないのです。しかしつい最近のペットブームはどこかむなしさを感じ気になりますね」とは、ある主婦の話です。その人の話によると町内のある集落では、少子化の影響で子どもが数えるほどに減ってしまい、子どもの顔を見ることも子どもの声を聞くことも殆どなくなったと嘆いていました。と同時にいつの間にか若かった人たちもみんな歳を取って、会いさえすればひざやすねや腰が痛いと嘆き節を口にして、歩いたり座ることすらおぼつかず、病院のロビーはその人たちに占拠されているのです。
そしてこの主婦が言うのには、歳老いた家ではこの10年間で犬や猫を部屋の中で飼う人が軒並み増え、犬猫の鳴き声のしない家は殆どないのだそうです。それは日本の縮図とも思える社会現象で、何もこの集落だけの珍現象ではないのです。動物愛護の精神からいえば犬猫を大事に育てることは決して悪いことではありませんし、少なくなった家族に代わって人間様が動物に癒されたいと思うのは当然のことかも知れないのです。
昨日自家用車で松山へ行く途中信号待ちをしていて、隣に停車した車を見て一瞬驚きました。運転している中年の人は自分の膝の上に着飾った犬を乗せて運転しているばかりか、後ろの席も助手席も何と5匹もの犬が乗せられていました。その犬たちは全て人間同様ちゃんと洋服が着せられ、毛はまるで美容院に行ったみたいに飾られていて、さしずめ車が犬の動く応接室みたいな感じがしました。停車している間開けられた窓から首をきょとんと出した犬たちは、隣に停車した私に何か語り帰るような仕草をしてじっと見つめているのです。軽く手を振ってやると犬たちは嬉しそうにして去って行きました。
最近自宅で飼い始めたメダカの餌を買いにホームセンターに立ち寄りましたが、ここでも犬を抱いたお客さんがドッグフードの売り場で、台た犬に何やら話しかけ餌を買い求めていました。いやあ驚きました。ホームセンターのドッグフード売り場はいつの間にか拡張され1レーン全てがドッグフードに埋め尽くされていました。
私はふと子どものころに習った江戸時代の歴史を思い出しました。五代将軍徳川綱吉は「生類あわれみの令」を出して犬や猫を大切にする政策を発表しました。犬猫をいじめたり殺生すると捕えられ、えらいお咎めを受けるのです。当時犬や猫を飼うのは武家や大名の慰みでしたが、今は庶民の暮らしそのものがお犬様、お猫様といった感じがするのです。この現象は次第にエスカレートして今ではペットの霊園や病院、美容院、ホテルまでできて留まるところを知らないペット産業に発展しているようです。
少なくなった家族に代わって犬や猫が人間に癒されるのはいいことですが、少し心配なのは豚インフルエンザに見られるような動物が原因で感染するかも知れない病気のことです。ある人は犬にかまれたことが元で原因不明の病気になって入院を余儀なくされたと聞きました。また飼っていたペットが死んで放心状態になり、生きる気力を失って後追い自殺をした話も報道されていました。
家の中で犬猫を飼うにはしっかりと衛生管理をしなければなりませんが、歳老いて自分に介護のいる高齢者にとってペットの世話は容易なことではありません。ある主婦の話を聞きながら根深い社会の歪を垣間見る思いがしました。
「犬猫が 老人座敷 占拠する 言葉言いつつ 共に暮らして」
「犬死んで 悲しさ余り 後を追い 自殺するとは 異状世の中」
「不況だと 言いつつペット 産業は 確実伸びて 売り場拡張」
「着飾って 主人とともに 外出す ルンルン気分 窓から顔を」