shin-1さんの日記

○いよいよわが家も年末です

 北海道に住む友人に笑われましたが、今朝は殊の外寒い朝でした。外気温は5度前後のようですが、強風波浪注意報が発令され昨夜から吹き始めた北西の季節風が顔に当たり、寒さをより一層強く感じました。今朝は金曜日、ゴミ出しの日です。朝忙しく振舞う妻に替わって殊勝にも私がゴミを出しに行きました。年末ということでどの家庭でも大掃除などをしているのか、日頃の量以上のゴミが集まっていました。わが家でも2袋あって、集積場までは100メートルもあるので倉庫から一輪車リヤカーを取り出し積んで運びました。ゴミ袋が有料化されてからは幾分かゴミの量が減ったように思っていましたが、今朝のゴミの量を見ると喉元過ぎて熱さ忘れたような感じでした。今朝はゴミの日と同時にペットボトル回収の日でもあります。ペットボトルはラベルと蓋をプラゴミとして出し、容器は水洗いをして透明な袋に入れて役場の裏の駐車場横に作られた灘町区専用の沖間に持って行くのです。わが家は子どもが独立して外へ出ているためペットボトルといえば、私が講演先や会議出席の折貰うお茶くらいなものなので、2ヶ月貯めても2~30本程度ですが、一緒にゴミ出しに来ていた若い人は、透明な袋を山のように積んで持ってきていました。これも年代の差なのでしょう。

 ゴミを出し終え食事をしていると親父が病院へ連れて行ってほしいと頼みに来ました。親父は7キロ先の診療所へ90歳になった今でも診察してもらいに自転車で出かけるのですが、今日は北西の季節風の風上に向かって自転車をこぐのがきついと判断したのでしょう。自分の自転車をトラックの荷台に積んで行き、帰りは追い風を受けて帰る予定のようでした。親父と自転車を診療祖に降ろした私は、年末でお墓掃除に行く時に必要なシキビを人間牧場の畑に取りに行くことにしました。先日も人間牧場周辺ではキジやイノシシを追って猟をするハンターに出会いましたが、今朝もそれらしき人を見かけました。2~3日前の新聞によるとわが町で狩猟中に手負いのイノシシに襲われ牙が腹に刺さってなくなったそうです。亡くなった人は双海町出身の松山に住んでいた畳屋さんで、わが家の畳も全てその人に作ってもらった経緯があり、おしい人を亡くしたものだと思いました。

 シキビは親父の注文によるもので、正月用だから少し多めにとのことだったので、5メートルを超えるシキビの木に登って真梢の恰好の好いのを二束切ってトラックに積み持ち帰り、バケツに水を張って水揚げをしました。そうするうちに親父は10時過ぎ7キロの道のりを自転車をこいで元気に帰ってきました。薬をもらったと元気な姿で帰って一安心です。

 さて年末までにしなければならないことは年賀状の整理と、お飾り作り、それに家の全ての窓拭きとかなり大仕事が待ち受けています。今日は年賀状を何とか片づけ裏白山草を取りに行こうと思っています。印刷屋さんから送られてきた600枚の年賀状を前に、ただただ気の思い一日になりそうです。


  「風邪ひいて 少し気分が 優れない やるべきことは 山ほどあるのに」

  「ここにきて 疲れ出たのか アクセルを 踏めど動かず 気分イライラ」

  「とりあえず 年賀状だけ 片づけて 妻のセリフに 後押しされつ」

  「九十の 親父の方が 元気とは これまた不思議 弱虫野郎」

[ この記事をシェアする ]

shin-1さんの日記

〇愛媛大学農学部で始まった新たな一歩

 辞令が手元に届いていないのでまだ何ともいえませんが、愛媛大学農学部での仕事がいよいよ本格的に始まりました。学部長さんや担当の先生、それに事務方との水面下での打ち合わせのため、何度か大学に足を運びましたが、前日担当の事務方から「出勤簿の準備ができた」担当の先生から「部屋の準備ができた」とメールにて連絡が入り、早速昨日は大学へ出かけて行きました。

 学内に入りトイレを済ませて出た所で事務係長さんとばったり出会い、男時ともいえる幸先の良いスタートにホッとしました。事務所で出勤簿に押印しましたが、私の出勤日はとりあえず来年3月までの年度内は毎週月曜日と木曜日ということになりました。法文学部での授業は1月19日(月曜日)1回を残すのみとなっているので、ダブらないと思ったからです。事務係長さんに連れられてメールで指示のあった事務方の人に用意していただいたという部屋へ連れて行ってもらいました。

若松進一ブログ

 部屋は5階の529号室です。部屋には研究室の小さな看板がかかっていました。戸を開けると中はまさに研究室で、コンクリートの備え付け流し台があり、私のために急きょどこかの部屋から持ってきたような机と椅子が二組置かれていました。察するに誰かもう一人の人と共用になるような予感です。私の机の上には真新しいパソコンがメールで指示通り置かれていました。

 「今日からこの部屋を使ってください。今日は部屋の下見だけということでしたので、まだ着替え用のロッカーの用意もできていませんが、早々に準備する予定です。事務用品など必要なものはお申し付けください。エアコンはこのような使い方で・・・」と、一通り説明をしてその方は立ち去りました。別れ際「これがこの部屋のキーです。このキーは先生にお預けしますのでこれからはご自由にお使い下さい。なのこの部屋のある本館も来年6月からは耐震補強工事の予算が付きましたので、移転しなければなりませんので前もってお話ししておきます」と付け加えられました。

若松進一ブログ

 部屋は広いもののにわか作りの配線が無造作に張り巡らされ、どこかからネズミでも出そうな雰囲気ですが、本館5階のこの部屋から窓越しに見える風景は素晴らしく、松山市郊外の落ち着いた師走の雰囲気が手に取るように見えました。

若松進一ブログ

 椅子に座って机に向かいました。パソコンは明日から使用可能といわれているので開けることもなく、傍に置かれた使用説明書を机の引出しに入れました。持参した木になるカバンを開け、中から来年の予定表を取り出し、3月までの月曜日と木曜日の前に小さな○印を付けました。この○印がとりあえず3か月間の出勤日となるのです。3月までは私がやることは、来年度から始まる「地域マネジメントスキル習得講座」のプログラム開発やシラバスを作成するのです。


 はてさて、研究室までいただいて、浅学非才な私にその重責が果たせるかどうか心配しきりです。でもこれまでのような肩肘を張らず謙虚に、しかも冒険心を持ってやれば何とかなるかも知れないと、淡い期待を小さな部屋の片隅で自分に言い聞かせました。

 とりあえずやみくもにスタートした降ってわいたような仕事に戸惑いながら今年の師走もどうやら終わりそうです。不思議なもので少し風邪気味だったのにこのことがあって病は気からのように少し元気になりました。

  「大学に 一部屋俺の 居場所でき ない知恵絞る 愚か日々来る」

  「人生は 何処でどうなる 迷い道 行き先さえも 分からぬままに」

  「あの時も 何とかなった 今回も 何とかなるさ そんな気持ちで」

  「ふんどしを しめてかかろう 思ったが ふんどしなくて パンツで御免」

[ この記事をシェアする ]