shin-1さんの日記

○一年の終わりに思う

 師走という年末の慌ただしさに輪をかけて、80歳の叔父が急逝してしまい、年末だというのに昨日は葬儀で一日を過ごしました。前日の夕方入院先の日赤病院で亡くなった叔父はわが家の近くの自宅へ午後8時ころに死んで帰って来ました。31日大晦日が友引、明くる日が元旦という事情もあって、急遽相談がまとまり夜遅くから通夜、明くる日の昨日午後3時30分から月心会館で葬儀という慌ただしさです。ゆえにお骨を拾い大平の聖浄苑を出たのは夜7時です。あいにく天気は雨が降る荒れ模様で、沈んだ気持ちに拍車をかけました。

 49日の仮法要を済ませて月心快感を出たのは9時を過ぎていて、前日の通夜の疲れも加わって親類の人たちもみんなクタクタでした。

 叔父は町の消防団長を勤めていたためその功績が認められて生存者叙勲を受けています。葬儀式場の前にはその勲記が飾られていましたが、一際目立ったのはその勲記ではなく奥さんである叔母が綴った闘病生活の日記でした。叔母は学歴もない人間ですが、母親の影響を受けているからか自筆で日記を書いているのです。決して上手とは言えない字ですが、切々と綴られた日記は涙を誘いました。そして葬儀の最後に死んだ夫に宛てた手紙が司会者によって朗読されました。私も仕事がら色々な葬儀に行きますが、死んだ夫への手紙を紹介する様子など見たことも聞いたこともなかったので驚きました。

 故人をしのんで弔辞を言うのもいいものですが、夫への手紙はさすがだと感心させられました。親子であれ夫婦であれ、親類であれ他人であれ人の死は悲しいものです。ましてや長年連れ添った夫婦の別れは押して測るべき悲しいものです。突如としてやって来る悲しい連れ添いの死に狼狽するのは当り前でしょうが、気丈にも夫への手紙を何時用意していたのか、今更ながらに驚かされるのです。

 叔父の体は荼毘にふされ、遺骨だけを残してこの地球上から消えました。栄光とも言える勲記章も、思い出の残る部屋の壁に飾られるのみとなりましたが、叔父の思い出は闘病生活が長かっただけに一入で、叔母の心の中に長く残ることでしょう。勿論身近な私たち親族の心の中にも生き続け、一周忌、三回忌、七回忌、十五回忌などの節目節目の法要で、薄れゆく記憶を呼びも出させてくれるに違いありません。

 八十年で人生を終えた叔父の死を思いながら人生を考えました。人間たかだか80年、考えてみれば短いものです。もし私が叔父の年齢まで生きると仮定すると、後15年しか生きられないのです。うかうかできないし、さりとて急ぐこともなくこれからの余命を楽しく生きてゆきたいと思うのは当然かも知れません。

 今日は友引ゆえ葬儀もできず、急ぎ足で通夜と葬儀を行い今年のうちに終いをつけた叔父の、潔さに感服した一年の終わりでした。

  「一年の 終わり葬儀に なるなんて 慌ただしくも 今年が暮れる」

  「前と後 足して二で割る 割り切れぬ だから人生 人それぞれに」

  「名誉など あの世行くのに 要らぬもの ましてや金は 残すと揉める」

  「逝きし叔父 叔母から手紙 携えて 今頃何処を 歩いていてか」

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