shin-1さんの日記

○叔父の死

 今日は朝から嫌な予感が的中し、6年間特老施設で半植物人間になっていた叔父が午後4時ごろ亡くなりました。左官業を営んでいた叔父は現場で倒れ、入院して一時は回復したかに見えましたが、その後徐々に病状が悪化、口から食べ物が入らない状態で発病以来6年間も生きてきたのです。10日ほど前に肺炎をになり日赤に入院していましたが、ついに力尽きて天国へ召されました。

 正月が近いこともあり、また31日が友引ということもあって、慌ただしく今晩通夜を行い、11時30分に自宅へ帰って来ましたが、80歳の往生とは言いながら叔父の死はやはり辛くて、落胆した叔母の姿を見ていると思わず貰い泣きをしてしまいました。

 明日は午後2時から納棺、午後3時30分から葬儀の予定が急遽入ったので、今晩はこのくらいに留めて風呂に入って寝ます。お休みなさい。

 眠い目をこすりながら、こう書き残して眠ってしまいました。しかし深い眠りは束の間で、やはり毎日の繰り返しは偉いもので、午前4時に目が覚めてしまいました。叔父の死の知らせを受けて、親類縁者に電話をかけて葬儀の日時を知らせたり慌ただしく過ごしました。お目出度は呼ばれなければ行きませんが、お悔やみは呼ばれなくても出かけなければならず、抜かっていまいか気をもみながら連絡しました。叔父の妻、つまり叔母は私の親父の妹です。親父は12人兄弟の長男で跡を継で入るのでいわゆる3代目の本家です。親父は91歳の高齢になっているので、4代目の私たち夫婦が親父に代わって何かと取り仕切らなければならないのです。

 おやじの兄弟も戦災で焼け死んだ2人に加えて病気で亡くなった兄弟が3人いますが、一人だけ大阪に嫁いでいる以外は全て県内、しかも殆どが町内にいます。その残った7人も既に高齢化して一番下でも66歳なのです。

 夜など時々電話が遅くにかかると、「もしや」とドキリするんだと妻が述懐するように、これから先は兄弟姉妹もしくはその連れ添いが病に倒れる可能性は充分にあるのです。その最右翼はやはり何といっても親父です。親父は91歳になりながらも、未だに自転車で7キロ先の診療所へ毎週一回通う気丈さを見せていますが、最近は足や腰の不調を訴えるようになりました。私もできるだけ親父の話相手になってやろうと思ってはいるのですが、いかんせん年中忙しく振舞って思うようにはならないのです。

 死んだ叔父と納棺の前に対面させてやりましたが、涙を流して悲しんでいました。「いよいよわしの順番がきた」と悲しそうに語る親父の姿に、親類縁者も思わずもらい泣きをしました。


  「突然の 叔父の訃報に 涙する 親父の姿 憐れみ誘う」

  「正月や 友引気にし 右往左往 年内葬儀 決まってホッと」

  「あれこれと 心はやるや 年の暮れ 加えて葬儀 少しパニック」

  「こんな時 近くに兄弟 いればこそ あれやこれやと 相談しつつ」

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