shin-1さんの日記

○歳をとったら親父のように生きたい

 私たちの町では過疎化が進んで商店街がなくなり、生活に必要なものを地元でそろえることが年々難しくなってきています。特に食料品などは「近所のお店で買うもの」とばかり思っていましたが、つい最近はそのジンクスが破れて、まとめ買いは隣町のスーパー、ちょい買いは道の駅などで開かれている産直市に立ち寄って買うなど、随分変化してきました。それでも車に乗れる私たちはそんな消費行動ができるのですが、車に乗れなくなったお年寄りたちは、生活のバリエーションが年々狭められ将来への不安を抱えて暮らしているのが実態のようです。

 91歳になる親父は日曜大工のようなことが趣味で、家の庭には親父が日曜大工で作ったものが随所に見られるのですが、大工道具などは手入れをして使っているものの、釘やノコの替え刃といった小物類は時折私や息子が車の乗せて隣町のホームセンターへ連れて行き、一カ月に一回くらいショッピングをさせているのです。それでも必要なものは近所の金物屋さんに行って、「品数も少ないし少し高いようだ」とブツブツ文句を言いながら買い求めて用を足しているのです。

若松進一ブログ

 最近親父の住んでいる隠居の庭に飛びきり上等な選択干し場がお目見えしました。私に前もって相談はするのですが、相談といっても一方的な告知で、「洗濯物干し場がないので雨の日などは困るので、大工さんに頼んで作ってもらう」というのです。「そんな金の要ることはせず、今のままわが家の選択干し場を使ったらどうか」と勧めたのですが、「もう大工さんに頼んでしまった」と事後報告なのです。

 近所と言ってもわが家から5キロくらい離れた場所にその大工さんは住んでいますが、時点所に乗ってさっさと工事のお願いに行って、大工さんは私の了解と立ち会いのもと工事を始めたのです。その大工さんは人間牧場の家を建て、隠居も建てた馴染の大工さんなので見積もりもそんなに高くはない良心的な方で、技術もしっかりしているため、親父のお気に入りの大工さんなのです。やがて工事が始まってびっくりしました。まるで床柱のような丸太柱を使っているのです。さすがの親父も上出来と目を細めていたようですが、「隠居の家の立派さにはこれくらい使わないと申し訳ない」と思ったようでした。

若松進一ブログ

 たかが選択干し場と鷹を喰っていましたが、出来上がってみるとその立派さにびっくりしてしまいました。大きな声では言えませんが、いずれ私たちが利用するであろう隠居家ですし、しっかりとした造りをしてくれるのは有難く感謝しているものの、91歳になってもなお老いて益々盛んな親父にはただただ脱帽するばかりなのです。

 母亡き後ひっそりと隠居で年金で暮らしている親父の楽しみはそんなに多くはなく、家庭菜園で作った野菜を近所や親類に配って喜ばれたり、好きな盆栽や庭木の手入れ、それに倉庫まで改造して展示室を設けている骨董が趣味くらいで、それを思えば目くじらたてることもなく、むしろ元気で日々を暮らしていることを感謝するのです。

 規則正しい親父の日課を目の当たりにしながら、わが身に忍び寄る老いの影を考える今日この頃なのです。


  「買い物も 出来ぬ田舎の 不便さを しのぎ何とか 今日も暮らして」

  「物干し場 まるで床の間 柱風 出来てびっくり 何を干すのか」

  「忍び寄る 老いの姿を 見てるよう 親父私は そんなに生きれぬ」

  「足腰が 痛い死ななきゃ 治らない 言いつつ今日も ごぞごぞ元気」 

  

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