shin-1さんの日記

投稿者: | 2008年11月13日

○大分県日帰りの旅

 私が小学6年生の時の修学旅行は大分県別府でした。子どもの目線で見ていたからでしょうか、別府はとてつもなく遠い国のように思えたし、湯けむり立ち上る別府の町並みや楽天地、温泉地獄めぐり、高崎山の猿公園などはまさに夢の町での出来事でした。僅か2~300円の小遣い銭を握りしめて土産物屋の店先で買ったお土産も懐かしい思い出です。今も記憶の底に残って焼き付いているのですから、これほどインパクトの強い旅はなかったのでしょう。

 あれから半世紀50年余りの時が過ぎてしまいましたが、世の中は便利になったもので、昨日は大分県大分市に渡り講演の仕事をして夕方帰れるのですから驚きです。朝9時前に家を出て夕やけこやけライン(国道378号)、潮風メロディーラインを走りフェリー乗り場の三崎まで走りましたが、少し早目について着いて、予定していた11時30分より一便早い10時30分の船に乗ることにしました。運よくとでもいおうか佐賀関の渡辺又計さんから電話が入り、フェリー乗り場で待ち合わせる予定だった時間を早めてもらうことにしました。


 昨日は久しぶりの晴天に恵まれたものの海は秋徳友の北寄りの風が少し強く吹いて船は適当に揺れましたが、バスの団体が2団体も船室を陣取って賑やかな酒盛りが始まっていました。私は前日までの旅の疲れが残っているので横になりうつらうつらの居眠りでした。やがて70分で長くて高い佐賀関のシンボルともいえる煙突の見える港に接岸しました。車で乗船した人が殆どで、徒歩で乗った乗客は私一人でした。乗船は人間が先、下船は車が先のルールがあるらしく、船倉の中は排気ガスがもうもうと立ち込めて息苦しいほどでした。下船すると港には懐かしい渡辺さんの顔が見えました。夏に大洲市肱川の温泉宿で交流会をして以来の再開でした。


 渡辺さんの案内で関あじ関さば館を久しぶりに訪ねました。昼時だったので予約で殆どの席が埋まっていましたが、渡辺さんの顔で注文した関さば定食はすぐに用意され、顔なじみの店長さんも私の顔を覚えていてくれて少しの間店の状況について説明を受けました。まあ繁盛しているようで何よりでしたが、渡辺さんの指摘のようにこれからはインターネットを使った戦略も立てなければならないし、テラスを活用したレストランの拡張も急務だと思われました。渡辺さんにすっかり御馳走になってしまいましたが、やはり関さばの味は絶品で久しぶりに美味しいお刺身をいただきました。

 その後渡辺さんと別れ、迎えに来てくれたわさだ公民館の魚住さんの運転する公用車で約1時間走って、講演会の会場となる大分市わさだ公民館へ入りました。この日は市公連の研修会で約70人ばかりの人が集まっていました。「新しい発想で生きる」という演題で約90分ばかりお話をしました。公民館の発想を変えなければマンネリになること、そのためには職員や関係者が新しい発想をどう取り入れるかについてお話しさせてもらいましたが、あっという間の90分でした。でも午後の時間ながら誰一人として眠る人もなく熱心に聞いていただきました。木になるカバンについて女性から最後に質問があったのも記憶に残る場面でした。

 再び元来た道を魚住さんと談笑しながら引き返しましたが、私がフェリーの時間を間違えていて船は出た後でした。それでも30分遅れで次の便に乗ることができました。

 フェリー乗り場で知り合った宇和島から来たというライダーの若いお兄さんと知り合い、後になりつつ先になりつつ保内町の枝分かれまで夜道を走り、クラクションの合図で左折し妻の待つわが家へ9時に到着しました。


  「便利だね 大分日帰り できるとは 今日も充実 昨日と同じ」

  「関さばと いわれるだけの ことはある 昼から馳走 いただきました」

  「あちこちに 心許せる 仲間あり まるで兄弟 出会い嬉しく」

  「退職後 そこそこ生きる 友ありて 互いに安堵 再開誓う」 

[ この記事をシェアする ]