shin-1さんの日記

投稿者: | 2008年3月9日

○菜の花ウォーク

 今日は冬の寒さも和らいで、外気温が10度以上となって、戸外へ出るには絶好のお天気です。かつて私が現役の頃仕掛けた菜の花ウォークというイベントがあるというので、妻と妻の友人を誘って3人で出かける事にしました。このところ忙しくて夫婦で出かけることが殆どなかったものですから、罪滅ぼしのつもりで参加する事にしましたが、何時からやるのかもさっぱり分らず、とりあえず9時くらいからだろうと想像し、自分達の体力に合わせた計画を立てました。

 まず、妻と私で何キロくらい歩けるか予測してみました。私は無理が効いても妻は?と心配し、片道15キロ往復なしという結論に達したのです。早速準備をして早めに私と妻が2台の車に乗って、15キロ付近と思われる喜多灘駅近くに行き、リタイア用の車を駐車しました。その後私は妻の運転する田舎のオープンカーに乗ってシーサイド公園まで帰り、出発まで時間があったのでその車を自宅まで持って帰り、自宅からシーサイド公園までの1キロ余りを急ぎ足で歩き、妻と合流しました。

 今日の予定は9時から受付、9時半から開会式、10時出発だそうですが、9時になって受付が終わると、3人で早めに歩き始めたのです。海は凪、空は真っ青、周りには少し遅めの水仙と今が盛りの菜の花を見ながら快調に歩きました。日頃見慣れた車で走る景色も、歩いて自分の目線で見ると随分違って見え、日頃の世間話に花を咲かせながらのんびりゆったりです。頻繁に通る車には顔見知りもいて、手を振ったりクラクションを鳴らしたりして合図をしてくれました。

 私の計算だと私たちの歩数で大体一時間で5キロ余りを歩きます。1時間で閏住の菜の花畑へ到着しました。予想通りの時間と距離にびっくるしました。閏住地区では毎年恒例の菜の花祭りが開かれ、地区民総出で準備が行われ、餅をついたり商品を販売したり、気の早い人は缶ビールを飲んで雰囲気を盛り上げていました。

 直ぐ側のくじらという妹のお店でも弟や姉夫婦、それに妹婿の兄弟や子どもが手伝いに来ていて、一年で一番の人出を当て込んでおでんや弁当を販売していました。私たちもご相伴にあずかりおでんを食べましたが、小腹が空いていてジャガイモや厚揚げの美味しい味に舌鼓を打ちました。

 やがて日本で一番海に近い下灘駅まで着ましたが、出発時に押してもらったスタンプに次いで、ここで2つ目のスタンプを押してもらいました。驚いた事にこれらのスタンプは私が現役中にデザインして作成したものでした。

 港が一望できる浄土の坂で記念の写真を撮り、しもなだ運動公園でトイレ休憩をしました。そして街中や豊田漁港の側を通って、本村の菜の花畑へ向いました。冨貴の差し掛かったころ、直ぐ上の線路をトロッコ列車が追い越して行きました。お客さんは上灘駅で降りたため殆ど空の状態でしたが、2時半過ぎには帰りのお客を積んで長浜から上ってくることでしょう。


 私たちは12時前に一足早くラメールという馴染みの店で日替わりランチとピザを注文し昼食をとりました。海を眺めて食べる食事も格別でした。いよいよ目的の15キロ地点に差し掛かった頃には、後続のウォーカーが次々と追い抜いて行きましたが、私たちはのんびり組なので気にもせず、休憩の後私の車に乗って直ぐ側の今坊地区まで出かけました。そこは昼食時間と休憩時間が合致した地点なので、大きな鍋で猪鍋が作られ、また餅つきなどが行われていました。友人の亀田さんに猪鍋をご馳走になり、友人の津田さんに勧められて餅つきまで飛び入り参加しました。私の同級生が近くに嫁いでいて、せっせと餅を丸めていました。声をかけ懐かしい会話を交わしながら、お土産にお餅までいただきそこを後にしました。


 ゴールである長浜駅の近くで二人を降ろしゴールのスタンプをいただきました。長浜駅構内にはテントが張られお店が出ていたし、早咲きの桜をバックに嵐太鼓の面々が準備を整えてウォーカーの到着を待っていました。甘酒の接待を受け、名残惜しく私たちは大洲の風呂へ一目散に走り、軽やかな春の汗を流しました。

 折から雨が降り出し、雨に濡れることもなく終わった早目のウォーキングに満足し、又来年も歩こうと、当てのない約束をして散会しました。


 妻も妻の友人も、勿論私も予想以上に強健である事に自信を深めましたが、若者はその日、年寄りは明くる日体に堪えるそうですが、はてさて明日の朝はどうなることやら・・・・。

  「歩く前 歩ける距離を 想定し 車を運び 準備万端」

  「そこここに 春の息吹を 感じつつ 三人仲良く 歩幅合わせて」

  「カメラマン 同行しての ウォーキング まるで芸人 二人の女性」

  「中々の 健脚だよね 褒めあって 明日朝痛い 言うかも知れず」

 

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