shin-1さんの日記

投稿者: | 2007年6月25日

○柏島・大月町ルポ④

 今回の大月町への旅のもう一つの楽しみは柏島とコーラルフルーツの岡さんが経営する蜜柑園を見学することです。柏島は黒潮実感センターに勤めていた山下さんとの交流から一度は訪ねて見たいと思っていました。まず私は山本さんの車に便乗し海岸沿いの道を走りました。宇和海の入り口宿毛湾は今の時期は穏やかで、梅雨の晴れ間の蒸し暑さで汗ばむほどでした。

 山もさんが途中「ちょっと立ち寄ってみますか」と案内してくれたのは、小高い海を見下ろす丘の上にある彫刻のモニュメントです、殺風景な場所に威風堂々と建っている石造は実に見事なものでした。

(作者の想いによって建立されているモニュメント)
(イサムノグチと並び称される流さんの刻印が刻まれていました)

 ふるさと創生がらみの資金で建立されたそうですが、今は僻地ゆえ、またそれらしき誘導もなく訪れる人は皆無に等しいこの文化的モニュメントを町民はどう評価するか、かなり難しく投資効果としては疑問の残るものでした。まちづくりは町の格を上げる運動でもあります。こうした施設を文化の薫り高いまちづくりといくら声高に言っても町民の文化のレベルを上げない限り単なる石の置物でしかないのです。

 そこへゆくと、自然が作り出した芸術とでもいうべき大堂海岸は素晴らしく、先程見た何千万円もかけたモニュメントがまるで小さな存在にしか見えない観音岩を足のすくむような展望台から見下ろす姿は絶景で、思わず息を呑んでしまいました。私も色々な旅をして色々な自然を見ていますが、この大堂海岸は北陸東尋坊にも決して引けを取らない景勝地だと想うのです。

(観音岩)
(大堂海岸の絶景)

そこから少し走ると柏島の全貌が見えてきました。この島は釣りバカ日誌に高島礼子さんが出てくる島なのです。「あああの橋の上から高島礼子さんは海にダイビングしたなあ」と映画のワンカットシーンを思い出しつつ橋を渡って島に入りました。島のあちこちでは黒のウエットスーツを着た若い男女がダイビングに向かうの酸素ボンベを運んで船に乗り込んでいました。また民宿のあちこちでは若い男女が眠そうな目つきでたむろしていました。

?(柏島の全景)

(高島礼子さんが飛び込んだとされる橋の上)

(島と陸地部を挟む海峡、この上に2本の橋がかかっています。昔は木製の端だったそうです。橋の下の海はとても綺麗で魚が沢山泳いでいました)
(子宝に恵まれる安産のアコウ樹)
(碁盤の目のようにすっきりした通りの柏島集落)
(防潮堤の裏側に広がる海と海岸、絶好のダイビングスポットのよで既にダイバーが船から海中目がけて飛び込んでいました)

 山本さんの案内で少し島を歩いて見ることにしました。立派なアコウ樹の大木が茂る神社に車を止めアコウ樹の不思議な姿に感心しながら路地のような集落を裏手の海岸まで歩きました。高島礼子が出てすっかり有名になった大和屋旅館の前で山本さんが記念写真を撮ってくれました。

 それにしても柏島は島も島の周辺も海も人情までもまるで別世界のような雰囲気でした。出くわせた何人かのダイビングを楽しむ若者のような過ごし方もいいなあと思いつつ、一度ゆっくり民宿にでも泊まって地元の人と交流をしてみたいとも思いました。柏島には都会にはない魅力があって、都会の人の憧れがそこにあります。わたしたちがかつて都会に憧れた青春時代と同じように、都会の暮らしに疲れた若者もこの島や海で疲れを癒し都会の雑踏の中に戻ってゆくのでしょう。時計を気にせずゆっくりと流れる時の流れを体感したような一日となりました。

 次の目的地はコーラルフルーツ大月の農場です。岡さんと出会ったのは二年も前の事になりますが、当時岡さんの生き方に強いショックを受けました。彼の持論は「半年働き、半年遊んで暮らす」というのです。そんなことしたくても?と否定する人が殆どだろうと思うのですが、それを実践しているのです。しかも適当に海外旅行もやって人と交流しているのですから、羨ましいとしかいいようがありません。

 彼の農場は人里離れた場所にありました7ヘクタールと8ヘクタールともいわれる農場には12千本のみかんが配列よく植わり、園内を無尽に走る作業道を含めた姿はまるで青年の船で余りかに行った時カリフォルニアでみたアメリカの農場とまったく一緒の光景なのです。岡さんはいきなりトラックに積んだ消毒設備でデモンストレーションを見せてくれました。「凄い」の一言です。これだけ広い農場の防除でも僅か2時間半で終わるというのですから驚きです。


(コーラルの入口に架かった看板)

(私のためにデモンストレーションしてくれた噴霧の様子です。剪定はチエンソー、草刈は小さい草刈機ではなく大型の機械で草を刈るのだそうです)

(まるでブラジル移民にでも出会うような雰囲気の岡さんです)
(岡さんを象徴する岡さんの言葉が事務所の壁にベニヤ板に書かれ貼ってありました)

 「もし 龍馬が 百勝をしていたら 私と同じことを していただろう」という言葉には衝撃を受けます。今の農業は草との戦い、病害虫との戦いだといっても過言ではありません。その百姓が最も嫌がる重労働を軽便化し、一次産業を六次産業に仕組んで悠々と暮らす岡さんの理念はこの言葉で証明できそうです。


 山本さんと3人で大月町が作った海を見下ろすお洒落なホテルで昼食を取りました。かつて山本さんがその運営に携わったホテルです。今は指定管理者の手によって運営されていますが、田舎の暮しあり、お洒落な暮しあり、それでいて上手いものと生きることの意味を問いかける岡さんのような人ありで、また私の全知全能に新たな生き方への道が切り開かれたような旅となりました。

  「念願の 柏と岡に めぐり合い 新たな夢が 膨らみました」

  「人生を 龍馬にダブらせ 生きる人 おんしゃ何を しよるながか」

  「面白く ないと思えば 世の中は 面白くなし 心変えねば」

  「逆風は くるり反対 向けばいい やがて追い風 受けるだろうよ」

 

(大和屋旅館の前にて)

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