shin-1さんの日記

○私に影響を与える人

 私にとって生き方や知識など影響を与える人は沢山いますが、中でも熊谷市に住む龍前宏さんは「音と文字の達人」で、不定期的に著名な方のダビングラジカセテープと、自分で書いたエッセイを送ってくれるのです。私はそのテープを車に持ち込み所用道中の行き帰りに、特にラジオの電波受信状態が悪いときなどカーラジカセで聞いています。名を成した著名な人の知られざる努力や工夫、それに考えが、本人の肉声で語られていてとても参考になるのです。私たち人間は大きく分けるとおおよそ3つのことで体内に知識を習得します。活字を読むという行為、話を聞くという行為、見るという行為です。読むと見るは目から入ってきますが、聞くは耳から音として入ってきます。私は子どもの頃からどれ程の本を読み、どれ程の人の話や音を聞き、どれ程のものを見てきたことでしょう。その一部始終が脳と心に無形ながら知識となって埋め込まれているのです。もう六十二歳の峠を越え、覚えていること全てを思い出すことは不可能なのですが、それでも六十二年間生きててもなお今日まで読まなかった活字、聞かなかった話や音、見たこともないものを見聞きして相変わらず蓄積しようとしているのですから人間とは、いや自分は素晴らしい遺伝子を持った生きものだと思うのです。これからも命のある限り読んだり聞いたり見たりしながら衰えゆく体力を少しでもカバーして生きて行きたいものです。

 さて今回送られて来たのは向田邦子さんが1981年東京大手町日経ホールで行った講演テープと、3枚のコピーでした。向田邦子さんのテープはまだ聞いていませんが、3枚のコピーは凄い内容なのです。

 1枚目は龍前宏さん自身が俳誌相思樹5月号に書いた西郷と龍馬という記事です。その記事は作家海音寺潮五郎の「西郷隆盛」という小説の書き出しを引用しながら一枚の写真の解説をしています。丁寧にもその添えれられた写真のコピーは見易いようにA3版に拡大コピーしているのです。この写真には1865年(慶応元年)2月上野彦馬撮影とあるそうですが、オランダ人宣教師フルベッキを中心にして西郷隆盛をはじめ尊皇攘夷の志士46名が一堂に会して写っている写真なのです。

?坂本龍馬、大久保利通、勝海舟、桂小五郎、高杉晋作、伊藤博文、岩倉具視など「これは本当の写真?」と思われるほど多くの人たちが写っているのです。龍前宏さんもそうですが幕末を中心とした歴史に強い関心を持っている私にとってもこの写真は貴重なものとなりました。それにしても写真に写っている志士たちは若いですね。これからじっくり写真に写っている人たちの面影や業績を追ってみたいと思っています。

 もう一枚のコピーは平成元年6月25日の新聞切抜きです。朝日新聞の天声人語、毎日新聞の余録、讀賣新聞の編集手帳、東京新聞の筆洗、産経新聞の産経抄を羅列的にコピーしていますが、ご存知6月24日は昭和の歌姫美空ひばりの命日です。龍前宏さんは私宛の手紙に「今月の24日は美空ひばりの祥月命日です。平成元年6月25日の朝刊各誌のコラムはひばり一色でした。私は同時代を生きられたことに幸せを感じております。」と書かれていました。

 しかしそれにしてもここまで朝刊各誌のコラムを保存し比較検討している人は聞いたことがありません。美空ひばりという切り口でもその書き方は様々です。いい勉強になりました。このコピーも大切に保存したいと思っています。

 日々の暮らしの中で何気なく聞く話し言葉や音、何気なく目に入る景色や文字などがいかほどの知識として脳や身体に蓄積されるかは定かではありません。しかし少なくともこうして意識的に学習する行為は大きな価値を産むに違いないと、龍前宏さんの存在を心に刻む今日この頃です。

  「送られし テープとコピー 前にして 学びの心 少し持ち上げ」

  「一枚の 写真が語る 物語 日本の夜明け 彼らつくりぬ」

  「数々の 歌を残せし 歌姫の 死を取り上げて コラムを書きぬ」

  「一度だけ 会っただけだが 影響を 及ぶ人から またも届きぬ」  

 

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shin-1さんの日記

○雨が欲しい日々

「一雨欲しいなあ」と会う人誰もがあいさつ代わりに話します。「天気が悪い」といえば雨や嵐のことをいいますが、天気の良い日がこうも長く続いて水不足が深刻になると、天気がよいのも悪いという表現に変えなければならないと思うのです。わが家の池の水は裏山から流れ出る清水を利用していますが、冬の少雨やこのところのお天気続きで水が出なくなってしまい、飼っている鯉のことが心配になって親父をやきもきさせています。また畑の夏野菜も雨不足で生育が悪く、井戸の水を夕方潅水しなければならず、一仕事あるようです。

 でも雨が降らないことも悪いことばかりではありません。洗濯物は乾くし産後の静養のため実家に帰っている娘はじめじめしない快適な暮しを喜び、お陰様で孫も順調に育っているようです。

(遥か遠くの広島や山口まで遠望できる昨日の人間牧場)

 馬路村でのまちづくり交流会に出かけていて三日ほど家を留守にしていたので、昨日は思い切って人間牧場へ出かけ草刈り作業をしました。前日は第二農場と思っている畑の倉庫が長年の風浪に朽ちて危険になったため壊す作業をしたし、昨日は草刈りとお日様の恩恵をまともに受けて百姓三昧の日々です。雨が少ないため草丈はそれ程延びてはおらず、三回目の草刈りは順調に進みました。

 昨日は草刈り途中で草刈機がトラブルを起こしてしまいました。前々からその予感があったのですが、それでも古い型ながら使えるだけ使おうと考えて使っていますが、ついに燃料タンクからエンジンに行くパイプが裂けてガソリンが噴出し、エンジンが止ってしまいました。普通だと農機具屋さんに駆け込むのですが、この際自分で治してやろうと分解をし始めました。部品を一つ一つ丁寧に外して布の上に順番に並べてゆきました。そしてビニールパイプの予備と交換して元通りに組み立てました。腕の鈍いことを自認する私ですから、壊れて元々の思いでやりました。ところが奇跡が起こったのです。私の修理した草刈機が油漏れもなく前にもまして快調に動くではありませんか。私は凄いと自分自身を褒めてやりたいような心境でした。

(私の修理で見事に甦った草刈機)

 何度か混合油を入れ足し、その都度したたる汗を拭いながら冷たいお茶を飲み、草刈り作業は予想以上にはかどりました。この分だと後半日で残った草は綺麗に刈れるのではないかと思われます。

 草刈り作業をしているとおもしろ教室の事務局の職員が芋畑の様子を見に来ました。芋の生育はこのところの日照りで芳しくなく、中には植え方の浅いものは何本か枯れているようだし、補植が必要な畝もありました。イノシシのことだけに気を取られていましたが、水不足という思わぬ問題に直面して気が気ではないようです。それでも職員さんはその日の芋畑の様子をカメラに収めて帰って行きました。

 草刈りが一段落したので帰ろうと思い梅畑の横を通りました。何やら梅の木に赤いものが沢山見えました。よく見ると一枝そっくり梅の取り残しがあるのです。収穫袋を持ち合わせていないため、麦藁帽子を袋にして木に登って取りました。大豊作の残りなのでそこここにまだ沢山残っていて、10キロも収穫しました。これは完熟梅という、梅干しには最適の梅ではないかと思われるようにかなり熟していました。ダンボールに入れて家へ持って帰りましたが、今年は梅の処理に疲れた妻にして思えば余り嬉しくない農産物かもしれませんが、塩梅干しにして保存したいと思っています。

  「甦る 使い古しの 草刈機 俺と同じで も少しお役に」

  「雨降らぬ 草丈さえも 縮こまり 何か得した 今年の天気」

  「残り梅 取ってびっくり 十キロも 完熟梅を 早速漬け込む」

  「この風景 金にならぬと お百姓 ぼやきながらも この地で生きる」


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