shin-1さんの日記

投稿者: | 2007年6月12日

○第5回全国まちづくり大交流会・高知県馬路村④

 「村には価値が生まれる」をキャッチフレーズに全国から150人を越える人たちが集まって高知県馬路村で開かれた全国まちづくり大交流会は、6月8日(金)の前夜祭に参加するべく早めの村入りとなりました。馬路村温泉で受付を済ませた私たち一行は、温泉施設の向かい側にあるバンガローへつり橋を渡って行きました。3棟の一番奥まった一戸建ての家が3日間寝泊りする場所なのです。

(橋の上でおすまし顔の左松本さんと、右清水さんです)

(私たちの宿舎となったバンガロー、3人には勿体ないような代物です)

 早々に着替えをして、前夜祭の会場となる河川敷へ出かけました。釣り橋の上から見ると中洲には椅子や机、それに屋台が並んで準備万端のようでした。私たちは何でも、特に飲み食いは一番とばかりに、6時半開宴だというのに6時には椅子に座って毒見と称して飲み始めたのです。高知県はこれが特長で、アバウトなところがいかにも高知の県民性を表しているようでした。

(河川敷の中洲に並べられた交流会用の机と椅子と屋台、前夜祭のテーマは水だそうでした。)

 「若松さんこっちの席へどうぞ」と、東谷組合長さんに案内してもらった席はまさに一等席で、中州の一番川に近い所で、足元近くを川が流れていましたし、吊橋や吊橋に吊らされた前夜祭の看板が一望できる場所なのです。


(影の主役となった東谷組合長と木下産業建設課長の破顔一笑は、馬路村の幸せを独り占めするような姿でした。)

 やがて日が暮れ始めると前夜祭の幕開けです。まず東谷組合長が大きな天然石舞台の上であいさつです。いつの間にか席は満席、モナカバックを持った上治村長さんも見えられ役者は揃いました。


(石舞台の上であいさつする法被姿の東谷組合長、いかにも似つかわしいやり方です。)

(私の木になるカバンには負けるものの、それとはなしに木の村をピーアールする上治村長はダンディな方でした。)

 やがてビールと地酒と郷土料理のオンパレードに酔いしれながら名刺交換が始まりました。私は前夜祭は少し控え目に席を余り立つこともなく座っての名刺交換でした。それでも「あっこの方は明日の記念講演の若松さん」何て格好で50枚もの名刺を使いました。今回の交流会には150枚の名刺を用意しましたので、多分この人数なら名刺不足はないだろうと考え、それなりの交流でした。

(酒好きの清水さんと松本さんも大満足で、駆けつけた湯浅建設の社長ご夫妻とも久しぶりの面会を果たしました。)

 心配された雨も降らず、最高に盛り上がった前夜祭の余韻はバンガローにまで二次会となって引き継がれ、村役場の職員や県から市町村に派遣されてまちづくりを援助している職員も混じって賑やかな討論会は深夜にまで及びました。この酒の勢いは清水さんの大いびきを誘発し、屋根をたたく雨音や川の流れる音をも掻き消すような、まるで壊れかけた掃除機のような寝息で、私の睡眠を妨げましたが、これもまた良き旅の思い出です。

(会場いっぱいに集まった参加者は、椅子が足らないので床に座るほどでした。)

(どうですか。この大迫力の看板は、その名も大交流会でした。私の話の吊り看板もいいですねえ。)

 さていよいよ本番の研修会がゆずの森で始まりました。木の香の香る素敵な二階の会場からは安田川と村並みが一望できる素敵なシチュエーションで、この会場でなら申し分のない話が出来ると密かに思いつつ、上治村長15分、東谷組合長30分の話を聞きながら、アドリブストーリーを考えましたが、まさに出たとこ勝負の私の話は意外なスタートとなりました。

 清水さんが脇田さんと仕組んで昨年開いたシンポジウムの折作成した私のプロモーションビデオが終わると、ステージのブラインドが一斉に揚げられ、見聞きしている参加者は緑の中に立っているような錯覚で私の話を熱心に聞いてくれました。ステージの上からしか反応は分りませんでしたが、いい感じの反響でした。全国から集まったため長旅の疲れもあったでしょうが多分寝た人は一人もいなかったのではないでしょうか。私の話に限っては大成功だと思いました。

 やがてその余韻は森をテーマにしたゆずの森の駐車場を会場にした交流会へと引き継がれました。最後はどしゃ降りの雨にたたられ水入りのような格好でしたが、ずぶ濡れになりながらも沢山の方々と出会い、名刺交換し、再会を約しました。


(新米役場職員がマグロの解体実演をしました。市場に行って仕込んできたという大きなキハダマグロは話題になりました。こんなことが出来る役場も彼も偉いと思いました。)

(馬路村温泉の料理長さんがカツオのたたきの実演を行いました。藁で燻す独特の作業に、全国から集まった多くの方々から歓声が沸きました。私としてはにんにくのスライスと一緒に食べたカツオの刺身も美味しかったです。)

(かがり火の菅原編集長さんとも久しぶりに出会い旧交を温めました。)

(コナンの里づくりを推進する鳥取県北栄町の四門館長はパンフレットを配ってPRに余念がありませんでした。)

(残念かなステージでのコンサートは雨で全てを聞くことが出来なかったのは残念でした。)

 実り多い、そして思いで多い2泊3日の馬路村でした。来月は電源地域振興センターの招きで再び馬路村を訪れますが、合併もしない僅か1100人の小さな村がこうして元気なのは一体何故なのか、次第に馬路村の村づくりの社会にのめり込んでゆきそうな自分の姿を発見しています。

  「ごっくんを 舌で覚えた 孫の声 じいちゃんお土産 ごっくんお願い」

  「堪能し 馬路を後に 来た道を 心ほのぼの ふるさと帰る」

  「不思議だね 合併しない この村が 何故に元気か 未だ分らず」

  「ユズの香は 村の暮しの 味がする どこか懐かし どこかふるさと」


 

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