shin-1さんの日記

投稿者: | 2007年6月10日

○今日は天然ウナギの蒲焼だ②

 高知県馬路村に行くに当たって数日前、馬路村役場の木下課長さんから、「馬路に来る時はクーラーボックスを持って来るように」と電話がありました。昨年魚梁瀬に講演で行った時もそうでしたが、今度も安田川の清流で育った天然ウナギをゲットしたとのことでした。木下課長さんは役場職員でありながらウナギ捕りの名人で、延縄を仕掛けてウナギを捕るのです。昔は何処の川にでもいたウナギですが、今では養殖ウナギが主流で、天然のウナギなど食べようと思っても私たちのような貧乏人には高嶺の花で中々手に入らないのです。今回の第5回全国まちづくり交流会は高知県の美味しい郷土料理が食べれることも魅力のひとつで、時々刻々と木下課長さんから入るマグロ、ドロメ、カツオ、土佐ジローなどの食材情報に一喜一憂しながらその日の来るのを首を長くして待っていました。

 私とえひめ地域政策研究センターの清水さん、松本さんは木下課長さんと海岸国道で落ち合い、まずマグロを使った海鮮丼を食べて安田川沿いの道を上流へと向かいました。私は積もる話もあるので木下課長さんの車に便乗し詰まる話をしながら馬路村入りしました。少しの時間木下課長さんの案内で村のあちこちを案内してもらいましたが、彼が自主的に手づくりで作った木の看板が要所要所に建っており、感心してみて回りました。

 最初の看板は湧き水の側にありました。伊予路では水不足が心配されているのに、馬路村ではいたる所から水が湧き出していました。何とも羨ましい限りで、水の落ちる直ぐ下には天延のワサビがいっぱい生えていました。
(桜の木にくくりつけられている湧き水を示す手作り看板)

(看板に偽りなく岩の隙間から流れ出る水はとても美味しい湧き水でした。)

その後温泉センターを通り越して、昔の森林鉄道の跡と思われるノスタルジックなトンネルを通りました。普通乗用車一台がやっとというトンネルは出口と入り口を補強して長年の風雪の後がうかがえましたが、ここにも素敵な看板がありました。

(ノスタルジックな雰囲気が漂う森林鉄道の名残トンネル)

(このトンネルにはこの看板が似合います)

 トンネルを抜けると見覚えのある第三セクターアクロスの工場の屋根や陸橋が見え、木下課長さんの家に通じる狭くて急な坂道を車で登って行くと、木下課長さんのお母さんが笑顔で出迎えてくれました。失礼な話ですが木下課長さんは今でもべっぴんで、昔は相当綺麗だったんだろうと想像したりしながら四方山話をしました。お茶を入れてもらったり、自家製蜂蜜をなめさせてもらったり、田舎暮らしを楽しそうに語ってくれました。

(木下課長さん親子とともに。この親にしてこの子ありです)

 家の直ぐ側の小川から引いた水槽にはあの天然ウナギが篭に入れられて私の来るのを待っていました。多分これだけの天然ウナギを集めるのには何日も川に出て仕掛けをしたのではないかと頭が下がる思いでした。

(これが木下課長さんが延縄で釣り上げた天然ウナギです。腹は天然独特の黄色味を帯びていかにも美味しそうでした。)

 前回は土産にもいただきましたが、軒先でお母さんが炭火で焼いてご馳走をしてくれました。今回は前夜祭と当日の交流会、つまり昨日と一昨日に天然ウナギは全国から来た人に大判振る舞いをされましたし、私にも今朝土産としてクーラーに氷とともに生きたまま入れられて、わが家へやって来たのです。

 私は所用で別の会合に出席して夕方家に帰り、早速軍手をはめてウナギをさばきました。ウナギは氷水に入れられているため仮眠状態でそんなに格闘することもなく案外スムースにさばくことができました。自慢のタレをつくり七輪に火をおこして焼きましたが、夕食前の娘がいい匂いだと焼いてる煙をいち早く察知し、妻も焼きながら焼きだちの天然ウナギをつまみ食いしました。とにかく「美味い」の一言でした。娘婿も孫も思わぬウナギ丼のご馳走にお代わりをするほどで、肝吸いとともにご馳走様でした。馬路村ではウナギも人間も全て天然なのです。

  「天然の ウナギさばいて 七輪で 蒲焼つくる 何て贅沢」

  「お代わりと 茶碗突き出す 孫の顔 天然ウナギ 少し多めに」 

  「蒲焼の 匂い四方へ 広がって 夕餉の膳が 活気に満ちて」

  「鉢巻を 締めてウナギと 格闘す 包丁研いで 背開き一機」

 

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