shin-1さんの日記

投稿者: | 2007年6月2日

○公民館ステップアップセミナー松山会場

 5月29日に続いて昨日は愛媛県立中央青年の家で公民館ステップアップセミナーに出かけました。前日の佐賀県出張の旅の余韻を引きずるように、朝帰りの眠気眼なものですから予定された座談会は結局絡むことなく消化不良のまま終わってしまいました。この日のプログラムはフロアー形式で3人の座談会と銘打っていましたが、お二人の大先輩と私の鼎談形式なのに、リードしてもらいながら対話がなく、多分聞く側も「あれっ」って感じを持たれたのではないかと思われるのです。折角ステップアップセミナーと銘打っているので、公民館の曖昧模糊な体質を少しでも変えるべく、自分自身を厳しく反省評価してみたのです。

 この日の私たち3人の持ち時間はそれぞれ導入5分、本題20分、まとめ5分と指示されました。シンポジウムであればこの時間設定は100分を分割してフロアーの意見を取り入れ完璧な配分だと思うのですが、座談という設定では少々軌道修正をすべきだと思うのです。

 座談は3分から長くても5分、時にはショート1分の会話やり取りを入れて早く回転しないとフロアーに満足行くような結果は得られないのではないかと思われるのです。一年前に4人で行った「地域の自立とは何か」を考えたシンポジウムの座談会はこの形式でやったものですからお互いがお互いの話にかなり深く食い込んで、内面に潜むお話を引き出すことが出来ました。その時は「一回の発言は長くて3分、短いほどよい」を事前に登壇者に徹底し事に望んだため、聞く側に好印象を与えました。多分こうした形式は比較的若い人で慣れていないと現場の空気を瞬時に読み取り対応することは不可能なのです。

 それでも今回の研修会は、講演と分科会を組み合わせる形式を少しでも矛先を変えようとする担当者の熱意が伝わってきました。その意味では前例踏襲ではない評価をしたいと思います。これを次にどう繋いでゆくか考えてみるのも楽しいものです。

 この日は地元中予の会とあって久しぶりにいっぱい知人友人に会いました。中には「あなたの話を何度も聞いた」という人にも出会いました。私はその人に「あれから私も随分進化しました。あなたはどんな進化をされましたか?」とあいさつ代わりに質問するとキョトーンとして、「いえいえ私はただ歳をとっただけで進化なんて」と謙遜して見せるのです。それは謙遜ではなく「私は何がしたいのか」「私は何ができるのか」を真剣に考えず生きているだけだ」と、昼食をしながら話しました。社会教育の会場にはいつも見慣れた顔々が居並びます。長く続いてボランティアをやっているのですから偉いといえば偉いのですが、新鮮味に欠けるのも事実です。社会教育の顔も手法も時代感覚を身に付けリニュアールしないといけないような気にもなりました。

 私「先生、私ブログ書いとるんよ」。相手「ブログって何ぞな」。私「言うても分らんがパソコンで日記を書いとるんよ」。相手「わしらの年代は学校でパソコンを習っとらんのでそんな難しいことは出来ん」。とまあこんな会話が飛び交いました。私「習っとらんことを習うのが生涯学習でしょうが」。相手「そうは言うてもこの歳になるとなあ。(アハハ)、またええ話し聞かせてや」で終わりました。

 昨日は愛媛新聞11面に私の記事が度アップ出たため、「新聞に載っとった」とか、「ご活躍の様子を新聞で見ました」と話題持ちきりでした。「講演会から」という欄に、先日四国中央市の婦人会総会の記念講演の講演要旨が紹介されていました。新聞記者は凄いです。私の90分の話をあんなにコンパクトにまとめるのですから感心しきりです。でも少し面映いところもあって、昨日は旅先から会場入りしたため新聞を読んでいなくて、青年の家の職員さんがコピーをして手渡してくれました。

 仕事を終え自宅へ帰ると相変わらず多くのメールと電話がかかり、産後の休暇を実家でしている娘にはとんだ電話番となってしまったようでした。

  「懐かしき 顔々集う 研修会 何を話すか 一瞬戸惑う」

  「載っとった 言われるけれど 本人は 新聞読まず 会場入りし」

  「習っとらん でも習っとる 人ありて 学ぶ意欲が あればクリアー」

  「産休の 娘わが家で 電話番 これが本当の サンキューですね」

[ この記事をシェアする ]