shin-1さんの日記

投稿者: | 2006年4月3日

○明日はお節句

 私たちの地方では4月4日をお節句といいます。桜の咲くこの頃は春を待つ人間の気持ちを表現するように野も山もパッと明るくなったような気がします。お節句には巻き寿司を巻いてお弁当を作ってもらい野山に繰り出して友だちと花見をするのが慣わしでした。最近は車の普及や少子化、それにマイホーム主義の普及によって子供だけでそんな年中行事をすることもなくなりましたが、それはそれとして私たちにとってはよき思い出です。

 分業化が進み花見弁当さえも家で作らなくなったのですから、「母親の味ってどんな味」と尋ねられても一向に思い出せないのは親子の関係で少し情けない思いもします。私の母親が作った巻き寿司は未だに覚えていますが、アナゴの入ったとても美味しい巻き寿司でした。でも子供の味からすると三つ葉やニンジンは余り好きではなく、いつも食べ飽きたら最後は三つ葉とニンジンを抜いて空洞にして食べたものでした。

 今夕妻は仕事から帰って巻き寿司を巻く準備をしています。この忙しいのによくそんな気になるなあと思いつつも、ほのかなお酢の匂いが家中に漂い「ああお節句か」という雰囲気です。妻は古いタイプの人間でしょうか、結婚して30年も過ぎたというのに、毎年毎年この作業を飽きもせずにしてきました。最近までは民生委員をしているため自分の持分の独居老人の所へ2本ずつ配るほどの気配りを見せてお年寄りから喜ばれていました。最近は独居老人が増えさすがに配りきれないので止めていますが、それでも20本もの巻き寿司を作るのです。そして明日の朝は早起きをして父の弁当を作って持ってゆくのです。

 「お父さんちょっと」とさっき台所から声がして、味見をするよう頼まれました。妻は料理を作るのに軽量カップや量りなどは一切使わず目分量なのです。アバウトな感じもしますがこれでいて殆ど失敗をしないのですから偉いものです。時々そのことを尋ねますが、「そんなことしていたら、大家族には間にも拍子にも合わなかった」と過去の大家族やお客事の凄さを述懐します。

 今日の巻き寿司は案の定糸三つ葉が彩りとして使われるようです。緑色の鮮やかな三つ葉はまさに春の色、子どもの頃嫌だった三つ葉の苦味も今は風味として味わうことが出来るのですから、年齢によって味好みは変わるのですね。

 それにしても家で巻き寿司を巻くことすら珍しいことだと言われるようになりました。食の分業化が進んだのでしょうか、巻き寿司は完全に母の味ではなくお店の味に変わりました。また寒天を使って家で作っていた羊羹も家ではもう作らない、いや作れないようです。

 手作りはかえって高くつくと言われますが、私の妻のように寸暇を惜しんで作る巻き寿司はお金では買えない高価なものだと思います。明日は感謝をしながら巻き寿司をいただきます。

  「巻き寿司は 母の味から 妻の味 二代続けて 味わう楽しみ」

  「節句くりゃ 亡き母作りし 巻き寿司を 思い出します 俺も歳だわ」

  「いい香り 家中漂い 明日節句 つつましながら 巻き寿司妻が」

  「三十年 食べると妻の 味でさえ 飼い慣らされて 美味しく感じ」

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