shin-1さんの日記

 モデルの若松あゆみ様、私のパソコン技術が未熟なために、長らく寝かせた大変失礼なフォトを掲載しておりましたが、今日(5月13日)私のパソコン技術が向上し、以下の写真を掲載することが出来ました。しかし、私への今後の戒めとして、縦と横の写真を同時に掲載させてもらいます。悪しからずご了承下さい。

?○横たわる美女とランプ

 私のデジカメ・パソコン技術はこんなものと、この一枚の写真を見て嘆かずにはいられませんでした。この写真を見たモデルの女性は多分激怒するでしょうが、そのうち息子の力を借りて修正をかけますのでそれまでは首と顔を横にして見てください。実はこの写真、人間牧場の五右衛門風呂に昨日点灯したばかりのランプ風の灯りの点灯式を兼ねた記念の一枚なのです。さすが息子だけあって申し分のないアングルと色調で写真を撮り、レトロ調の電灯をインターネットで探してくれました。そしてその記念写真のモデルに息子は自分のお嫁さんを登用したのです。ここまでは順調でした。そしてその写真データーを私のパソコンに入力して帰ってしまったのです。ここまでも完璧です。しかしそれから私の苦悩が始まりました。お目当てのこの一枚の写真を見つけたとき、いい写真だと直感しました。横向きの写真を右へ90度反転しパソコン上は立て組で表示されたのです。ところがデジカメの容量を小さくしないとブログには入らないので、圧縮のための操作を繰り返すうちにその写真は元の通り横向きのままでブログに転送されてこの通りの有様です。でもこの写真を立て組に変える技術はまだ私には備わっていないのでこんな醜態をお見せする事になってしまったのです。

 長男息子の嫁さんは義父の私が言うのもおこがましいのですが、笑顔の素敵な何処へ出しても恥ずかしくない健康的な女性です。息子の嫁には勿体ないと思うほどです。でもそのブログ初デビューのブロマイドがこれではまさに品を下げるだけですから、お約束どおり息子に頼んで早急に修正をかけますので悪しからず、深く深くお詫びいたします。

 それにしてもパソコンは私の頭では難しいです。触った分だけ、失敗の数だけ覚えると息子に説教されていますので、盛んにアタックするのですが、歳のせいにもパソコンのせいにもしたいほど一向に上達しません。多分限界かもと思ったりすることがありますが、まあ気長に気楽に楽しみながらやりたいものです。

 五右衛門風呂の第2期工事はかくして終わりました。天気がよければ明日は人間牧場へ上がってそこら辺を片付け、倉庫へ物を運び入れたいし、薪も整理をしたいと思っています。そしてジャガイモ畑の草を引いたりする農作業も始めなければなりません。だのに中旬から下旬にかけては神社の総代として春祭りの準備や寄付集めで忙しくなりそうです。

  「デジカメで 撮った写真が 横たわり 見ての通りの 醜態さらけ」

  「済みません モデル若嫁 電話にて 何とお詫の 言葉言おうか」

  「ああ俺も 歳をとったか 駄目人間 これも分らず 助け舟呼ぶ」

  「首と顔 左の倒し 写真見る 今頃読んで 思わずウフフ」

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shin-1さんの日記

○若者の目に思わず涙が

 兵庫県の招きで講演に行ったことがきっかけで尼崎の東朋子さんと知り合い、何が何でも来て欲しいと懇願されて再度2月末に兵庫県へ行きました。滅茶苦茶感動屋の東さんから「近いうちに若い者を連れて絶対夕日を見に行くから」と約束をしていました。しかしその時の熱い想いは何時しか冷めるのが普通ですが、東さんのは約束どおり3人の若者を連れてやって来たのです。私もこの時期は何かとご多忙なのですが、何はさて置いてもこのご一行様だけは大切にしなければならないと、案外大切な会をキャンセルしてまで対応しました。昨日の夕方約束の夕方5時にシーサイド公園へやって来た4人を夕日までの短い時間ながら人間牧場へ案内し、色々な話をしました。前日までの大雨が嘘のように晴れ渡り、風はきつくて寒かったものの紛れもない日本一の夕日を鑑賞し、わが煙会所、海舟館の見学が終わる頃には春の陽がとっぷり暮れていましたが、魚吉さんで夕食をとり潮風ふれあい公園に宿を取りました。

 明くる日の今日はリクエストに応えて打つ誇張の町並み視察の途中に大洲祇園公園のぼたん桜や大洲赤レンガ館、それにポコペン横丁、まちの駅朝霧を友人たちと談笑しながら見学、内子の町並みを流し見学した後、中山経由で双海町高見から谷の道を下りて行きました。

 予告もせずいきなり翠小学校を訪ねました。学校には迷惑だろうと思ったのですが、いつものことですので飛び込みで木造校舎の翠小学校へ入って行きました。私にとっては見慣れた風景、見慣れた客扱いなのに彼ら都会育ちの若者には凄く新鮮だったのでしょう。案内されて木造校舎の階段を登りつめた校長室に入ると、突然一人の若者がこらえ切れなくなって大粒の涙を流し始めたのです。私も校長先生も一瞬何があったのか戸惑いましたが、それは紛れもなく感動の涙でした。翠小学校へは学校に内緒の校門外訪問も含めるとかなりの人をご案内するのですが、言葉で「感動しました」と言う人はいますが、感動の涙を流してくれたのは初めてでした。私は「ああ日本にもこんな感受性の強い若者がいるのか」とついつい嬉しくなりました。と同時に翠小学校の持つ教育力の凄さに今一度驚きました。

 学校の校舎が古いことは学校がぼろいことではありません。学校が小さいことは学校の教育成果が小さいことではありません。学校の先生が少ないことはいい先生がいないことではありません。歴史ある木造校舎が時代遅れでなく鉄筋コンクリート校舎が時代遅れなのです。学校は「木に交わって学ぶ」と書きます。「コンクリートに交わって学ぶ」学校は学校とはいえないのかもしれません。

 本来小学校は低学年から高学年までその体力で歩いて行ける距離に置かれています。ところが段々子どもの数が減ってくると、小学校までも統合の話が水面下、いや教育行政では密かに進行していると聞きます。学校を維持存続していくためには相当の費用も要ることでしょう。しかし教育は効果効率だけでは出来ないのです。もしその学校に子どもがいなくなったら話は別ですが、最後の一人になるまで小学校は残さねばならないし、それが教育を受ける権利なのだと思います。勿論赤い屋根の木造校舎は近代化遺産として残して行きたいものです。

  「若者が 感激涙 流すよな 学校今頃 どこにあるんだ」

  「学校は 木に交わって 学ぶとこ 今はコンクリ 庭に木もなく」

  「小学は 子どもが歩く 距離基本 バスで送迎 育つ訳なし」

  「都会にも こんな立派な 若者が 田舎しっかり 肝に銘じて」

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