○職がなくって困っている人たち
昨晩義理の叔父から「就職斡旋」依頼の電話がかかってきました。聞けば40代の親戚の息子さんが失職し仕事がないのを見かねての相談でした。「私は政治家でもないので、頼まれてもこればっかりは」と電話では話しましたが、2~3思い当たる所があるので電話で当たってみました。しかし残念なことに聞き合わせたお二人の方からは色よい返事はいただくことができませんでした。40といえば働き盛りです。家族もいるので日々の生活費もかさんで、このままだと借金生活を余儀なくされるのです。そういう人のためにハローワークがあるのですが、給料がよくって休暇があって、楽な仕事は、日本どころか世界全体が同時不況の世の中ではおいそれと見つかるはずもないのです。「どんな仕事でも働けたらいい」と口では言うのですが、せっかく口添えして職を確保してあげても長続きせず、結局は口をついた自分がみじめになるだけという話は、これまでにも数多くありました。
一昔前まできつい・汚い・金にならないと3K産業の代名詞のように言われ嫌われていた農業や漁業といった第一次産業が、にわかに脚光を浴びてきました。都会で仕事が見つからないため、救いの手を人手不足の田舎に求め始めたのです。確かに田舎の農業は少子高齢化によって過疎化が進み、耕作放棄地などが急速に広がってきました。景気の良い時代には見向きもしなかったの何で今さらと、つき離したい心境だと農家の方はいいますが、それでも根は優しい農家はあの手この手で職を失った人を迎え入れているのです。
一方で世間から見放され、一方で世間から注目されつつある農業は、食料自給率が40パーセントを割り込み、食の安全安心が取りざたされるこれからの時代は、やり方次第では第7次産業になる可能性を秘めていることは事実です。知恵のある人は既に耕作放棄地など農薬汚染されていない農地を耕して、成果を上げている人たちも何人かいるし、建設業不況の切り札として農業に転身して成功を収めている人もいるのです。
しかし、農業は見た目ほど楽な仕事ではないことは、小さな農園をかじってみてつくづく思うのです。安心安全といいながら農薬に頼らない農業がいかに難しく手間の仕事であるか、また天候に左右されたり鳥獣の被害をもろに受けることも覚悟してかからなければならないのです。
「人生の楽園」や「ダッシュ村」のような田舎回帰の番組を見れば、都会の喧騒やストレスから解放されなんびりと田舎で過ごしたいと思うのは当然のことなのです。いつも言うことですが、「遊びの農業は楽しいが、飯を食わなければならない農業は厳しい」というのが率直な意見です。
若者から中年まで、「金になって休みがあって、楽な仕事」を探していますが、そんな仕事があったら私もしたいものだと思います。要は少々厳しい労働条件であっても、生きがいを持って働くような気概を持てば必ず道はいらけると思うのです。
「職がない どこかいいとこ なかろうか 電話の度に 心が痛む」
「楽をして 金が稼げる 職探す そんな所が あったら俺も」
「農業が 駆け込み寺に なり得るか 気持ち次第で なるかも知れぬ」
「散々と 農業悪く 言ったくせ 今頃救い 求める愚か」