○やがて車に乗れなくなったらどうしようか?
昨日単車で郵便局へハガキを出しに行きました。途中隣のおじさんが町の中を歩いていました。「エッ、何処へ行きよるんじゃろう」と不思議に思い単車を止めて、「何処へ行きよるの」と話しかけると、「ちょっとそこまで買い物に」というのです。聞けばこのおじさんは82歳になったので危ないという家族の勧めもあって車に乗るのを今月から止めたそうです。車に乗るのを止めると病院や買い物は公共交通機関も列車以外この田舎にはないため、自分の足で歩かなければならないのです。
おじさんの立ち話によると、先日も向こうの集落にある種物会社へ苗物を買いに行ったそうですが、あいにく水曜日で休みだったため、行って帰るのに半日もかかってしまったとこぼしていました。また「明日は松山の病院へ行かなければならないのに娘や息子は仕事で頼めず、記者で行かなければならず今から気が重い」と心情吐露です。若いころから車依存の暮らしに慣れていると、松山などはすぐそこの隣町という感じがしますが、車に乗れなくなると松山市は最早近くて遠い町になってしまうのです。
このおじさんは信心深い人で某宗教に入信していて道場が高知にあるらしく年に何回かは信者さんを乗せてお参りに行っていました。家族はそのことも心配で、もし事故でもあると同乗者申し訳ないので「進ちゃん、あんたから親父に車に乗るのは止めるよう言ってくれないか」と、息子さんから相談を受けたことがあり、何気なくその話をおじさんに匂わせましたが、「安全運転に気を付けているから大丈夫だ」と首を横に振り続けていました。
このおじさんには私がシーサイド公園の担当をしていた頃随分世話になりました。早朝の一日3時間の清掃をお願いしたのです。時給も安い汚れる作業を喜んで5年ばかりしてくれました。私は12年間シーサイド公園の清掃をやり3人の清掃作業員と関わりましたが、このおじさんを含めて3人とも生真面目な方ばかりで多くのことを学ばせてもらいました。
今朝隣の辺りが急に賑やかなので外に出てみると3台も軽四トラックが止まっていました。顔見知りの水道工事屋さんが出入りして作業をしていました。聞けば風呂のボイラーを薪から灯油に変えるのだそうです。このおじさんはとにかくこまめで、これまで今時珍しい薪ボイラーで風呂を沸かしていたのです。
人のことを言えたものではありません。わが家も5年前までは薪と灯油併用のボイラーで風呂を沸かしていたのですから・・・・。しかし今思うと隣のおじさんも含め私たちは何て環境に配慮した生き方をしていたのでしょう。子どもが成長するまでわが家では薪割りや風呂沸かしは子どもの仕事と位置づけ、存分に子どもの役割意識を身につけさせました。子どもが集まる度に薪割りの懐かしい話に花が咲くのです。
隣のおじさんは車に乗らないだけで、まだ免許証の返納はしていないそうです。「返納したらもう運転免許証は取れないから、最後のあがきだ」と笑って話されましたが、元々免許証を持っていない自転車依存の親父と違う、どこか寂しい雰囲気が漂っていました。「これからはあんたの親父に見習って自転車の練習でもせにゃならん」というおじさんをしり目に、今朝も新車の電動自転車に乗ってさっそうと7キロ向こうの診療所へ向かう親父の元気な姿を見ました。親父91歳、隣のおじさん82歳、私64歳の初夏の朝でした。
「間もなくに 車乗れない 日が来ると 隣おじさん 私に暗示」
「車ない 暮らしなどなど 成り立たぬ 何時の間にやら 車に依存」
「プリウスの 話題持ちきり 今頃は 普及言いつつ エコカー売れて」
「自転車を こよなく愛す 親父さん 時代先取り 排ガス出さず」