shin-1さんの日記

 双海町にはふたみシーサイド公園とふたみ潮風ふれいあい公園、それにしもなだ運動公園3つの公園があります。いずれの公園も私が在職中に手がけた公園ですが、それぞれ特徴があってそれぞれの味を楽しむことができるのです。ダントツによく利用するのはシーサイド公園ですが、季節によっては潮風ふれあい公園にも時々足を運びます。ちょうどこのころの潮風ふれあい公園はつつじの季節で色とりどりのつつじが咲いて、青葉とともに楽しむことができるのです。潮風ふれあい公園は上灘駅のすぐ上の高台にあるため瀬戸内海の眺望が素晴らしく、眼下に県都松山や周防大島などが手に取るように見えるのです。

若松進一ブログ

 昨日は暖かい陽気に誘われて久しぶりに単車で潮風ふれあい公園に足を運びました。千人塚の池の周りにはアジサイの新緑がまぶしいほど茂り、見上げればその池をまたぐように10数匹の鯉のぼりが飾られ気持ち良さそうに五月の風を腹いっぱいに吸い込んで泳いでいました。

 この鯉のぼりは公園近くの本郷地区の皆さんが公園が出来て間もなく始めたもので、今年も5月5日の子どもの日を挟んで飾ってくれました。

 私たちが子どもの頃は戦後間もない貧乏な時代だったため鯉のぼりには縁がありませんでしたが、私の息子が生まれた時は、男の子が生まれると鯉のぼり、女の子が生まれるとお雛様を親類縁者が送る風習があって、沢山の鯉のぼりをいただきました。当時私の家は下灘の海沿いにあったため、砂浜近くに鯉のぼりを立てていました。海に映える鯉のぼりとしてカメラマンの被写体に何度もなった記憶がありますが、その鯉のぼりもここに何匹か寄付をしたことを記憶しています。最近はマンションやアパート住まいの住宅事情から鯉のぼりが内飾りになったため、鯉のぼりが集まらないという話を聞きました。

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 私の妻などは毎朝鯉のぼりを揚げ、毎夕鯉のぼりや実家から送られた別染め幟旗を降ろす作業に翻弄された懐かしい思い出を持っていて、長男の子どもが生まれた時も是非内飾りにするよう勧めていたようです。

 この鯉のぼりも同様でこの頃は初夏の天気、特に雨と風には気をもむようで、鯉のぼりのお腹に竹竿を入れる妙案を思い付いたお陰でワイヤーに絡まなくなったようでした。高台から見ると鯉のぼりの影が池の湖面に映り、池の中を泳ぐ本物の鯉もどことなく驚いた様子でした。池の土手では住みついているアイガモが羽根を休めてのんびりと日向ぼっこをしていました。

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  「公園の 池をまたぐや 鯉のぼり 本物鯉も 上を見上げて」

  「のんびりと アイガモ三~四 土手の上 日向ぼっこを 楽しみながら」  

  「人知れぬ 苦労があると 聞いていた 見えぬ部分で みんな役割」

  「海に映え 湖面に映えて 鯉のぼり 五月の風を いっぱい吸って」

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shin-1さんの日記

○ブログのカテゴリーは私の月報

 昨日は月末、会社であれば一ヵ月の売り上げ集計をして月報にまとめ、目標数値と実際の数値を比較して、業績が向上していれば満足し、低下していれば次の月への捲土重来を期すところでしょう。何年か前シーサイド公園で第三セクターの経営を任されたときは、10年近くいつもそんな月末を過ごしていたものですから、当時を懐かしく思うのです。その結果月毎の出入りはあっても、年間的には一度も赤字になることもなく過ごすことができました。

 第一線を退いた今はそんな数値的目標もなく、ただのんびりと胃の向くまま過ごしていて、ささやかな数値目標は、毎日朝夕ブログを2本書いていて、ブログの片隅に月毎のカテゴリーが記録されているのを静かに眺めながら、月の日数×2=月間数くらいを目安に到達度合いを見ているのです。

 昨日は久しびりに自分のバックヤードである書斎の掃除をしました。私の掃除は部屋にうず高く積まれた書類の山をより分けて捨てる分と残す分に仕分けし、畑の隅の簡易焼却場で焼却処分するのです。というのも紙ごみにすることのできない書類が多過ぎて、シュレッダーのない私は、シュレッダーの代わりに焼却処分しているのです。満足は行かなくても蜜柑のキャリーにして5杯分を運び出し、一通り片付けたところで親父が火を付けて焼却してくれました。また机の上も使わなくなったのに置いている古いパソコンを外して倉庫へ入れ、最後に掃除機と雑巾で綺麗に掃除をしましたが、広くなった机の上や広く感じる書斎を眺めながら、塵も積もれば山となるたとえを噛みしめ、これからはできるだけ整理整頓に心掛けたいと改めて思いました。

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 そうだブログの記事をプリントアウトしようと、夕食が終って思い出し1時間ほどをかけて30日分のブログを画面に呼び出しながら4月1日から順にプリントしました。4月1日(釣りの釣果がありました?・私の春休みの第一日は人間牧場の草刈り)、4月2日(人間牧場で夢の実現がしたい・異動の時期は人生いろいろです)、4月3日(どこで習ったのでしょうか孫の言葉・みかん類は美味しいねえ)、4月4日(今日から世界遺産を巡る旅・巻き寿司はおふくろの味の記憶)、4月5日(世界遺産を巡る旅から帰ってきました・広島から島根へ、そしてまた島根から広島、愛媛へ)とまあ僅か5日間だけでも様々な記録が書き込まれているのです。

 もしこれだけの日々の想いをこれから書けといったら多分書けないと、改めて記録の大切さを痛感しました。特に旅に出た時の思い出は日々の暮らしに忙殺されて、思い出すことは不可能に近いのです。幸いデジカメという優れ物の道具を使って撮った写真はこれまた記録の重要な役割を果たしてくれるのです。

 「記憶されるものだけが記録される」とはけだし名言だとしみじみ思い、プリントアウトした懐かしい日々の記事を読み返しながら、プリントアウトを完了した紙にパンチで穴を開け、百円ショップで買い求めたファイルに閉じ終わりました。今年も既に4冊目が出来上がり、今日は人間牧場の書棚持って行き長い眠りに就くのです。


  「パソコンの ブログの欄の カテゴリー よくも書いたり 月間集計」

  「先月も 日数× 二本書く ノルマ達成 凡事徹底」

  「穴をあけ 表紙をつけて 出来上がり 小さな俺の 自分史のよう」

  「誤字脱字 変換ミスに 気づきつつ プリント画面 編集直す」

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