○とんだハプニング
「お父さん大変」、昨夕いきなり妻が色めきたった声を発して玄関先から家へ入ってきました。「どうしたん」と聞くと、「車がメジャメジャ」というのです。「先ほど組費を持って組長さん宅まで歩いて行ったばかりなのに何で」と思って玄関先へ出てみました。妻のセリフは言葉になっていないため何のことだかさっぱり分らないのです。案内されて車庫へ行ってみました。何と天井に吊り下げていたインデアンカヌーが下に駐車している私の愛車の上にドスンと落ちて直撃しているのです。「お父さん大変」も「車がメジャメジャ」もさすがにこの現状を見ると納得です。私は自分の体から少し血の気が引くような気持ちになりました。数日前追突事故に会い、車の板金塗装が終り「綺麗になった」と喜び、二日前少し早目の車検に出して綺麗になって帰ったばかりの一段落なのに、「何で」と思わず叫びそうになりました。妻と二人でカヌーを持ち上げ少しずつ外に出しましたが、案の定車はあちらこちらがへこんで、「車がグシャグシャ」といった妻の表現は当たらないまでもまるで私の顔のようでした。
数日前家内が「お父さん、車庫に吊り上げたカヌーが少し下に下がっているのでもう少し上へ上げて下さい」といわれていました。また3日前親父が「カヌーを吊り下げているロープが危ないから何とかした方がいい」との注意も受けていました。にもかかわらず妻の言葉も親父の忠告も「うるさい。またか」くらいな安易な気持ちで受け流していたのです。この時ばかりは「親の忠告と妻の意見と茄子の花は千にひとつのあだがない」と、古い諺をかみ締めながら片付けました。車を外に出し夕闇迫る暗がりの中で車のへこみを確認しつつ、少し我慢すれば何てことはないと思いつつ、傷にワックスをつけて塗り込みました。でも日没引き分けでその作業を止めたのです。
明くる日の朝、車を再び車庫から出しお天道様の光で傷の具合を観察しましたが、昨晩の見立てとそんなに違いがないことが分り少しホッとしているところです。親父には車が傷んだことは内緒にしていました。ところが朝の散歩で外に出てみるといつの間にかカヌーが天井から降ろされ外に出されているのを見て、「息子は俺の忠告を受け入れてカヌーを下ろした」とばかり勘違いして、この際カヌーを別の小屋にしまったらどうか、提案がありました。親父と小屋の下見をして親父の意見を受け入れる事にしました。それから1時間余り親父と二人で思いカヌーを動かしたり小屋に入れる作業をしましたが、やっとのことで収納しました。実はこのカヌー、まちづくりの草創期に子どもたちを沖合いに浮かぶ青島へ漕ぎ渡り、沖合いからふるさとを眺めさせるプログラムを実行するため、役場の早崎さんと二人で購入したものです。2隻なら安い特典を活かし当時のお金で15万円くらい出したように記憶しています。このカヌーはその後私が代表を務める21世紀えひめニューフロンティアグループの恒例行事であった無人島に挑む少年の集いの必需品として無人島に運び、多くの少年たちに利用されてきたのです。無人島キャンプが終われば置く場所がないので苦肉の策として車庫に吊り下げられて保管していたのです。これはかなりのアイディアだと自慢していました。しかし今回のとんだハプニングでこのアイディアは結果的に失敗に終わることになりました。
折角トラックを買ったのでいよいよカヌーを積んでアウトドアーでも楽しもうと思った矢先の出来事で、倉庫に収納してしまうとその計画も遠のいてしまいそうで残念です。
「大変だ 車メジャメジャ 妻の声 昨日仏滅 情けないたら」
「来る人に アイデア語り 見せていた 俺の頭も たかがしれてる」
「ポンコツに ならずに済んだ 車だが 何かの予兆 気つけ生きよう」
「妻親父 忠告意見 言ったでしょ 聞かずにバチが 当って難儀」