○敬虔な祈り
風邪で気分が優れないからといって、休む訳にいかないのが新春の迎春行事です。といっても漁業をしていた昔のように様々な海にまつわる神様に禊までしてお供えやお神酒を備えるような厳格な神事はしませんが、家や体に染みついた民族学上貴重な風習は私の代だけでもと思って続けていましたが、さすがにそれも持ちこたえられなくなって、簡素簡略な神事に終わってしまいますが、それでも年に一度正月元旦だけは当主である私が厨房に立って雑煮を作ったり神仏への迎春儀礼をおこなうのです。
元旦は午前4時に起床しました。洗面所で若水を汲んで顔を洗い口をすすいで準備万端整いました。物音に気付いた妻は風邪気味の私の体を気遣って無理をしないようにもっと明るくなってからでもいいのではと小言を言いましたが、こればかりは譲れないと冷気漂う寒い厨房でお雑煮を作りました。そして出来上がったばかりのお雑煮を神様棚や水神様などの神々に供えお光を点けて祈りを捧げるのです。仏様には焼いたお餅に生醤油を一滴垂らして供え、お茶とと線香とお光をあげて祈りました。
そうこうするうちに、居間のストーブも温たかさが増し、二階では早くも1歳4カ月になる孫希心君の走り歩きの音が聞こえてき始めました。わが家の後取りである孫の存在は想像以上に嬉しいもので、孫の足音や鳴き声や笑い声一つで家の中が活気に満ちあふれたように感じるのです。
今年の正月は親父も元気なので気分の良い日に親父、私、長男、孫と4代4人の長男が揃った記念写真を撮っておこうと思っています。私たちのようにデジカメで毎日写真を撮っている人間は何故かあまり自分の身の回りに写真を飾りませんが、親父も息子夫婦も、ましてや妻もやたらと写真を飾るのが好きで息子などは家中記念写真だらけなのです。私など人に見られるのは恥ずかしいと思うのですが、まるで写真館にいるようなのです。
その内家族全員がそろった所で私が再び厨房に立ち、要望の餅の数を聞いて雑煮を作ってやりました。今年の餅の大きさはやや小ぶりなので全員2個でした。おせち料理を今に運ぶのも、雑煮を椀に入れて運ぶのもこの朝ばかりは私の仕事と決めてかかっているのです。
外は強風が吹き荒れ、日本列島はまるで冷蔵庫へ入っているような寒さだそうですが、わが家は穏やかな新年の幕開けです。今年もいい一年でありますようにお互いが決意を述べあいました。妻は家族の元気、長男は仕事に頑張る、長男の妻は5月の出産で元気な赤ちゃんを産み二人の子どもを育てたい、私はもう少し頑張ることを話しました。そして家族全員に、90歳を超えた親父をみんなで大事にしてやって欲しいと頼みました。人間仕上げが肝心なのです。
今晩は病院に勤める次男が夜勤明け、明日は年末年始で休みの取れなかった警察官の三男がそれぞれ帰ってきます。今年も若松家につながる、そして私につながる多くの人々が幸せでありますように祈ります。
「とりあえず 家族それぞれ 始まりて 神仏祈る それぞれ幸せ」
「共通の 願いはやはり 新生と 老命ともに 力尽くして」
「この風を 起こす自然の エネルギー 見習い新風 吹かせたいもの」
「神仏に 頼らず生きる 生き方が できる人ほど 神仏信じ」