shin-1さんの日記

投稿者: | 2009年2月9日

○選挙に出ない公約も公約

 親しいある人から先日、「若松さん、あんた選挙に出てみないか」といつものことながらお声がかかりました。そういえば合併して早くも4年近くが経つのかと、今更ながら時の流れの速さに驚いています。今年の4月にはわが市でも市長や市議会議員選挙がおこなわれる予定で、「どうやらあの人が出馬するらしい」などと下馬評の上がっている人は正月の恒例行事に顔を出すなど行動が急に騒がしくなっているようです。縁もゆかりもないのにさも100年前からの友人のように笑顔で話しかけてくる人たちを見て、思わず婚譚を垣間見るのです。

 「選挙に出ないか」という話は正直な話、これまで何度もいただきました。しかしその度に私は「選挙に出ると妻から離婚される」などとたわけた笑い話をして相手をはぐらかすのです。ある人が「選挙はイベントみたいなもので、選挙で一儲けしてやろうと思っている人にとっては無投票になると困るから、裏であおっているだけなので、信用して出てえらい目に遭った」などという話もまんざら嘘ではなさそうです。

 人間は自分の力を過信する癖があります。「選挙に出たら」と後押しされると力量もないのに、「私もそんな人物に見られているのか」と過信します。そこがボタンの掛け違えの始まりで、頭の中に首長や議員のバッチが光り、同級生や地域でちやほやされる自分の姿を描くのです。確かに実力を備え首長や議員になっている人も沢山いて、そんなまやかしに耳を貸すことなく、地域をよくするという理想に燃えて働いている人は立派としかいいようがなく、尊敬の念を持つのです。

 私に「選挙に出ないか」といった人の真意は分かりませんが、第一線を退いて既に4年、こんなロートルな男に選挙を戦う馬力も、よしんばなったとしてもまちのために働く活力などはもうないのです。それよりも私にはそれほどの価値もないと自認してしているののです。


 私が政治という社会に魅力を感じないのは、政治の裏を見てきたからかも知れません。全てではありませんが政治には二重人格的なところがあります。一方では本当のことをいいながら、一方では嘘をつかねばならないのです。その人を嫌いだと思っても、少なくとも選挙期間中は好きだと言わなければならないし、できもしない公約をいっぱい並べねば当選もしないため、嘘の上塗りをするのです。4年後にその公約を全てやったと自分が認めていても、周りは冷めた目で公約違反と思っているのです。その証拠に最近は投票率50パーセントなんてザラの選挙区が多いのです。つまり二人に一人は政治や選挙に失望し、それを無視しているのです。かつて選挙権を勝ち得るために血や汗まで流して戦った先人の努力も今や地に落ちているのです。

 私は選挙に出ないことを公約にして生きてきましたが、私たちに代わるいい人を後押ししたり選ぶ努力だけはしなければなりません。でないとオバマアメリカ大統領の言う市民としての責任は果たせないのですから、いい市民となるようこれからも一市民として活動を続けてゆきたいと思っています。


  「妻が言う 選挙に出たら 離婚する だから出ないと これも公約」

  「公約を 変換したら 膏薬と まるで貼ったり 剥がれたりする」

  「私など 何の値打も ないのです 力わきまえ 誘いに乗るな」

  「わが家系 政治家もなく ホッとする 選挙の度に 一憂もなし」

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