shin-1さんの日記

投稿者: | 2009年1月24日

○勤勉は成功の母

 昨日も今日も、24時間という決められた一日が絶え間なく繰り返されて行きます。その一日の営みをただ漫然と過ごすのと、少しだけ思いを持って過ごすのでは一ヵ月、一年と積み重なると、これはもう大きな違いとなって人生に跳ね返ってくるのです。ささやかな時間でもいいからとにかく想いを持って一つのことを成就し続けたいと、多くの人は気軽に思い気軽に始めるのです。朝早く起きてラジオ体操をしたい、毎日日記や家計簿をつけたい、毎日少しでいいから貯金もしたいなどと誰もが考え行動するのですが、人間の体に住んでいる怠慢な心は、「一日くらい休もう」というネガティブな命令を脳に出して、結局は長続きせずに止めてしまうのです。

 考えてみれば私の少年時代も多分そうだったように思うし、その怠慢な心が今の自分を作ってきたのだと深く反省や諦めもするのです。しかし私は社会人になったころから、その慢心を戒める行動的な人間になりました。人から見れば他愛のないことですが、小さな目標を立て、それを続けて習慣化する訓練をしてみたのです。その一つが自らは発想し深く関わったシーサイド公園という道の駅の海岸掃除でした。このことを思いついた理由は幾つもありますが、「掃除もできない人間はまちづくりを語る資格がない」とある偉い人からいわれた一言でした。掃除くらいなら俺にでもできると思ったのは当然かも知れません。私はその日から毎朝5時に起きてシーサイド公園の人工砂浜に行き、役場へ出勤するまでの一日三時間、掃除をすることにしたのです、しかし一日三時間というけれど、また掃除くらいというけれど、これは大変なことを始めたと、一週間目に早くも心が揺らぎ始めたのです。仲間は「掃除くらいでまちづくりができるものか」とか、「ええ格好をして、今に止めるだろう」と冷ややかな目で見ていました。正直言って多分そうした他人への「何くそ」という反発がなかったら、止めていたかも知れないのです。

 でもその「何くそ」が大きな力となってそのうち肩の力が抜けて、一日三時間の掃除を一年一年と積み重ねて何と十二年間もやったのです。シーサイド公園が成功したかどうかは別として勤勉の積み重ねは私の大きな自信となり、傍目の信用も随分勝ち得ることができ、そのことが私を国土交通省選定「観光カリスマ百選」に選んだのです。これはもう成功といえるもので「勤勉は成功の母」という言葉ぴったりの出来事ではないかと多少胸を張るのです。

 冬の凍てつく寒さの中での海岸清掃は容易ではありませんでした。また夏の海水浴シーズンのゴミも半端な量ではありませんでした。でもネガティブに考えずポジティブに生きた結果私は掃除というかけがえのない行動で大きな自信と信用を得ることができました。

 勤勉、それは誰にでもできそうでできない人間行動の積み重ねです。まさに平凡も続ければ非凡になることを物語っています。これからも続けることに生き甲斐を見出し生きることは勿論ですが、そのような勤勉な人を育てることもしたいものだと思っています。


  「成功を したかどうかは 分からぬが 勤勉だけは 一生懸命」

  「掃除とて 十年以上 続けると 非凡となって 値打ちを作る」

  「平凡と 非凡はほんの 紙一重 たかが掃除で カリスマ認定」

  「砂浜で 雪のちらつく 日もあった 過ぎてしまえば 懐かし日々が」

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