shin-1さんの日記

投稿者: | 2009年1月24日

○友人からもらった千代紙の小物

 日本には和文化と呼ぶにふさわしい物が沢山あります。しかしその殆どは知られることもなく忘れ去られていて、多分このままだと廃れていくのではないかと思われるのです。昨日女性の友人に会ったら、それは綺麗な和紙でできた手作りのティッシュペーパー入れをいただきました。私が無造作に背広のポケットからティッシュペーパーを出して口元を拭いているのを見て、「若松さんこれ私が作ったの。使って」と手渡されました。最初はラブレターでは?と思い一瞬ドキッとしましたが、「何だティッシュペーパー入れか」と少し落胆しました。手に取ってみるとこれが千代紙でできているのです。

 私は子どものころ千代紙を見て、「何て綺麗な紙だろう」と、その幾何学模様に不思議な魅力を感じたものでした。しかし凡人の凡人たるゆえんでようか、それ以上の詮索をするでもなく今日まで過ごしてきました。昨日和服を着た友人からティッシュペーパー入れをもらって、再び子どもの頃の思い出が蘇ってきたのです。

 千代紙とは和紙に色々な模様を木版画で色刷りした紙のことで、その発祥の時期は定かではありませんが、京都の公家文化から生まれたことは確かなようです。公家たちは上質な和紙に肉質で模様を描いたり吹きぼかしなどをしたり、木版で模様を刷り込んだりした模様紙を進物の上掛け紙や小物の包み紙にして使っていたようです。そうした風習は江戸時代大奥や大名家に伝わり、江戸でも千代紙が売られ、浮世絵版画の技術が千代紙にも利用されて一気に庶民文化として広がりました。

 何で「千代紙」というのかインターネットで調べてみると、元々千代紙の模様には鶴亀や松竹梅などめでたい柄が多く、長い年月を意味する「千代」というめでたい言葉が使われたという説や、千代田城(江戸城の通称)の大奥で使われたという説、この紙を好んで使った公家の千代姫の名前からとったという説があるようですが、残念ながら分からないそうです。京都で始まり江戸で発展した千代紙は今でも、京千代紙と江戸千代紙の二つの流れがあるようですが、双方の違いは図柄だそうです。京千代紙は染織物のモチーフである草花を基調としたものが中心で、江戸千代紙は江戸の風土から生まれた歌舞伎や芝居、役者紋づくしなども見られるようです。

 和紙でできている千代紙は美しいだけでなく軽くて丈夫なため、姉様人形や小物入れ書物の装丁など使い方も様々です。私は青年の船でアメリカやメキシコへ行きましたが、その折も日本文化を紹介する意味から沢山の千代紙を持って行き、外国人にとても喜ばれました。今は印刷技術の普及によって機械刷りが殆どで、安く手に入るようになりましたが、ラッピングや、箸置き、妻楊枝入れなどに使うと、その場の雰囲気が一気に格調高い日本文化に生まれ変わるのです。

 ティッシュペーパー入れを私にくれた女性は何かにつけてこんな小さな気配りをしていて、妻に見せると先日彼女から千代紙で作った名刺入れと素朴な布地で作った名刺れをいただいていて、箪笥の引き出しから出してくれました。私には「似合いそうもないので」と軽くいなされましたが、いやはや日本にはまだまだ知らない良さがたくさん残っているようです。

  「千代紙で 作ったチリ紙 入れ小物 どこかお洒落で 俺にゃ似合わぬ」

  「千代紙の 模様眺めて アメリカ人 ワンダフルだと 褒めた昔を」

  「千代紙の 模様見てると いつまでも 飽きも足らずに 机上広げて」

  「和文化も このまま廃れ ゆく定め 寂しかりけり 千代というのに」