shin-1さんの日記

投稿者: | 2009年1月21日

○大分へ行ってきました

 今朝は朝5時に起きてわが家を出発し、夕やけこやけラインこと国道378号をひた走り、保内町から国道197号を通ってフェリー発着場である三崎を目指しました。黎明の佐田岬半島は車の通行量も少なく、加えて少し曇り空で風もなく穏やかでした。2時間もあれば出発30分前に到着するだろうと目算を立てていましたが、1時間半ほどで到着し、しばらくの間暖房の効いた自分の車の中で仮眠を取りました。

7時になるとい夜が明けていつの間にか始発便に乗るであろうトラックや乗用車が2列ほど乗船を待っていました。私もその人たちに交じって切符を買い求め、少し早くに船に乗り込みました。今日の宇和海や豊後水道は冬とは思えないほど海も穏やかで佐賀関までの70分、他の客と一緒に船室に横になって仮眠を取りました。このルートは船賃も安い(往復2千40円)し時間も短く、最近私は度々利用するルートなのです。

 佐賀関の港には、大分県日田市大山町の緒方さんから依頼を受けた佐伯市上浦活性化センター「里の駅しおさいの里」営業部長の川本さんと二人の女性職員が迎えに来てくれていました。あいさつもそこそこ車に乗り込み、楽しい話をしながら大分市内に向かいましたが、上浦は岡崎さん始め知人友人も多く、初対面とは思えないような砕けた話をしました。

若松進一ブログ

 この日の集会は緒方さんが会長を務める大分県里の駅ネットワーク協議会の研修会なのです。旧大山町の緒方さんとはもう30年来の旧友で、元大山町役場に在籍していたころからの親友です。今は響の里の総支配人として存分の活躍をしているようですが、最近体調を崩しているようでした。でも今日はすっかり良くなって会場となったアイネス(大分県消費生活・男女共同参画プラザ)で元気に私を迎えてくれました。

 さて里の駅というのは大分県には30を超えるほど沢山あって、まあ私たち流に考えれば道の駅のようなものだと解釈して、約2時間弱の話をさせてもらいました。昨日緒方さんから私に携帯が入り、「演題をどうしよう」「適当につけておいて」なんてやり取りをしていましたが、緒方さんが選んだ演題は「しずむ夕日」ならぬ「昇る夕日でまちづくり」でした。さすが彼らしく私の頃を見抜いて演題をつけてくれたと喜びました。

 この日の出席者はどことなくおとなしい人が多く、物静かでしたが、その分集中して話をすることができました。講演が終わって民さんと一緒に近くの和風レストランに会場を移し楽しいおしゃべりをしながら交流を温めました。


若松進一ブログ

 今日は行き帰り送迎でお世話になった河本さんたちと色々な話をしました。私も若いころ講師の方の送迎を盛んに行い、講演では聞けない裏話を随分聞いたことを思い出しました。河本さんが営業部長を務める佐伯市上浦活性化推進協議会も、かなり厳しい経営を強いられているようで、合併後の大きくなった行政との関係や、里の駅の役割について随分意見を交わしました。河本さんはポジティブな方で、好感の持てる人でしたし、再会を約束して佐賀関港で分かれました。午後2時発のフェリーに余裕を持って乗ることができました。折から心配していた雨がポツポツ降りはじめました。フェリーに乗船して間もなく旧友である佐賀関社会福祉協議会の渡辺又計さんに携帯をかけました。本当は彼とも出会いたかったのですが、今晩は人と会う約束が、明日は大学で教授会が予定されていて先を急いだため結局は声の交流だけとなってしまいました。

 こうして行く先々で人と巡り合い、人と交友を深めながら暮らしていると、海を隔てた隣の県ながらまるで親類へ来たような親近感を持つのです。緒方さんといい、渡辺さんといい、新たにこう悠の輪が広がった河本さんといい、大分も温かい人がいっぱいいて、とても幸せな1日でした。


  「愛媛から 豊後水道 ひとまたぎ 隣の県で 日帰り仕事」

  「旧友と 呼ぶにふさわし 人ありて 今も昔も 変わらず出会う」

  「お互いに 脛に傷持つ この身にて 無理は出来ぬと 友をいたわる」

  「もうそこに 春の足音 聞こえそう 豊後の海に そんな予感を」 


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