shin-1さんの日記

投稿者: | 2009年1月15日

○わが家のどんど焼き

 正月や松の内もすみ、日々の暮らしも平常に戻ってきました。世の中不思議なものでこれまで悪かった体調もいつの間にかすっかり回復し、元気いっぱいの日々です。多分それは私自身の自然治癒力もさることながら、献身的に看病をしてくれた妻のお陰だと、お金を払っていることを理由にお医者さんよりも妻を優先させて感謝しているのです。

 今朝親父の隠居に行ったら「今日は15日のはずだが、いつお飾りをはやすのか(片付ける)と文句を言われました。昔は1月15日が成人の日で、その日の朝松飾りを集めて畑の隅で火をつけて焼いたものですが、最近は成人の日が変わって、蔵氏の歳時記にも変化が出始めたようで、親父の言うのも一利あると思って、口から出まかせ「今朝お飾りはやしをしようと思っている」と言ってしまいました。早速家中のお飾りや玄関、自転車、車、煙会所や海舟館などに飾っていたお飾りを集め、畑の隅に持って行きました。また座敷のお餅や神棚のお供えも下げて、宇津高く積み火を付けました。昔からこの火にあたると一年中無病息災に暮らせるという言い伝えがあるので、親父も私もお供えのお餅を火にくべて清め焚き火にあたるような姿で霊験をいただきました。

若松進一ブログ

 最近は正月飾りも簡素になったり、焚火をきつく戒めているため、集落ごとにどんど焼きなどという年中行事を作って公民館などが文化や歴史の行事伝承を行っているようですが、これも悪魔払いの行事として大切にしてゆきたいものです。

 90歳の親父はやはり歳なのかこうした伝統行事はお前の力で是非息子にも伝えて欲しいと常々いっていますが、私から息子への伝承となるとかなり難しいようです。この近所の家はまだしも、限界集落と呼ばれる高齢化率の高い地域では、高齢者夫婦もしくは独居老人の家庭が目に見えて多くなってきました。これまでは歳を取っても何とか元気に過ごせたり、子どもさんとの音信もあったようですが、最近はそれさえも少なくなって、「やがて歳をとったら特老施設へでも行くのよ」と寂しく語る老人も珍しくなくなってきました。結局私たちの親の時代は向都離村の教育をしてきたのです。そして都会予備軍を作って都会戦士として都会に送り続けてきたのです。


 最近「本当の幸せとは何だろう」としみじみ考えます。お金や財産があって裕福なことが幸せだと思っていたけど、どうもそれは幸せの一部にしか過ぎないと思うようになったのです。また優秀な子どもに恵まれいい会社に入ってくれることが親の幸せと思っていたけど、本当は親子孫がひとつ屋根の下で笑って暮らせる普通のことが本当の幸せなのだと気が付きました。幸いわが長男は同居を望み、長男の嫁もこれに同意しているようです。やがて間もなく息子家庭との同居を始める準備もしたいと思っていますが、幸い私の方針に沿って4人の娘息子たちは全て県内に職を求めて暮らしています。

 どんど焼きの燃える火を親父とじっと見ながら幸せについて考えた一日でした。

  「しめ縄は 灰になっても 結ばれて 形崩れぬ 俺ら夫婦も」

  「同居する 意思あり息子 嬉しいね 親父いつかと せかされいます」

  「松の内 終わりて今日は どんど焼き 年中行事 次の世代も」

  「どんど焼き 体に煙り すり寄せて 無病息災 親父と祈る」