shin-1さんの日記

投稿者: | 2009年1月4日

○お墓参り

私たちの地方では、1月4日に家族がそろってお墓参りに行く風習があります。この日は帰省人も帰り私たちだけのお墓参りとなりました。お墓に供える餅と干し柿を小切りして小さなお盆に半紙を敷いて用意します。あとは線香と小みかんを持って出かけるのです。まずわが家のお墓に行きました。既に何人かがお参りをしてくれていて、線香が何本か立っていました。わが家の墓地は元々出身地の下灘いわし山という所にあるのですが、親父の希望でこちらに移して既に20年近くが経っています。お墓の敷地の周りは父の兄弟の墓地があり、まだ最近できたばかりなので新仏が入っていないためお参りはせず、近所にある姉の家のお墓にお参りしました。

若松進一ブログ

 ここらあたりの墓地はどこも海の見える小高い所にあって、正月三が日中吹き荒れた海も、今日は穏やかに凪いで、山口県や広島県の島々まで遠望できるほど澄み切っていました。死ねば無に帰るのでこの風景など知る由もありませんが、死ねばこの墓地から毎日大好きなこの風景が見えるのです。

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 わが家は私で4代目、本家故親類がとてつもなく多いのです。選挙に出る訳でもないので身内の多いのは煩わしい部分もありますが、この歳になるとそれも割り切って毎年恒例でお参りするお墓を坂道を上ったり下ったりしながら役目を果たしました。

 下灘の墓地事情も少しずつ変わって、これまで主流だったいわし山は車道がないためお参りに不便なことから、次第に敬遠されて、新しい墓地が次々できているようでした。しかも一生に一度のことなので皆さん金に糸目をつけずいずれも立派なお墓は目を見はるばかりです。

 新春恒例のお墓参りは色々な懐かしい人にも出会います。今日も何十年振りかの人にも出会いました。また歴板とでもいうべきその家の過去帳を読んでみれば、何年に何歳で死んだということが一目瞭然です。子どものころ故、あのおばあさんはと思っていた人が70歳くらいで亡くなっているのを読んで、「ああ俺ももうそんな歳か」などとため息が漏れるのです。


 人は確実に歳をとります。今日お墓で出会った人たちは、私が下灘という漁村で育ったころ見慣れた人たちでした。上名田に居を移し、仕事も変わったこともあって出会う機会が極端に少なくなりましたが、30年の時の流れは人を確実に老化させていました。勿論私の姿も老化して映ったに違いないのです。いかんともし難い老化の坂道をいかに緩やかにするか、考えさせられた一日でした。

 帰り際妻がポツリ、「みんな歳をとったねえ」でした。


  「死んだなら こんな景色を いつも見て 暮らせる嬉し いい墓地ゲット」

  「お互いに 歳をとったと 慰めて 去りゆく友の 何処か寂しく」

  「歴板の 刻みし戒名 死んだ歳 読みつつはるか 昔を思う」

  「四代も 前の先祖は 顔知らず 何故かその前 覚えています」

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