shin-1さんの日記

投稿者: | 2008年11月27日

○新酒と新米が届く

 先日山の向こう大洲市田処に住む亀本さんが突然見えられ、今年の新米を届けてくれました。最近は早場米などが8月に出回るせっかちな時代になったので、今頃の米を新米といえるかどうかは疑問ですが、山里の棚田で作るお米は、八十八というお米という字そのままに手塩にかけて育て、しかも稲刈りを終えると稲木にかけて自然乾燥させる手間暇の末出来上がった、いわばお百姓さんが愛情を注いで作り上げた芸術品なのです。新潟魚沼産こしひかりなどが美味いお米の代名詞のように言われていますが、最近の汚染米騒動などを考えれば、お米の向こうに作り手の顔が見える安心安全なお米もこれまた一味違ったお米なのです。

 私たちは昔のようにお米を食べなくなりました。昨日一日だけでも朝はパンとリンキャベでご飯なし、昼は麺類でご飯なし、夜は酒宴ががあって飲み放題の店で締めのさつまをいただいたお陰でかろうじて茶碗に軽く一杯ですから、私のお米の消費量は僅か1合にも満たない少量なのです。

 昨日外出先から帰ったのは10時頃でした。酒宴が終わって知人との約束で寿司屋へ立ち寄りました。それまでに腹いっぱい食べていたので、失礼ながらその寿司屋ではあがりを一杯いただいて早々に店を出ました。遠来の知人ながら彼も出来上がっていました。帰り際「手土産のつもりで地元では銘柄の新種を送っておいたから」といわれました。

 家に帰ってみると妻が、「お父さんお酒が届いているよ」というのです。みれば先ほど寿司屋で再開した知人が言っていた手土産の新酒でした。知人は私がまだ酒を止めたことを知らないのでしょうが、いくらいい酒を送られても酒を止めた今の私にはまるで猫に小判といったところでしょう。私の妻もお酒は丸っきし駄目で息子たちも酒はそれほど飲まないので、私が酒を止めた今では正月用の酒がまだ残っているのです。親父は90歳になりますが若いころから酒好きで、今も晩酌を欠かさないのです。さすがに若いころのように量は飲みませんが、それでも毎晩1合弱の酒をたしなんでいるのです。

 おやじに知人の話をして新酒を手渡しましたが、親父は大層喜んでくれました。今晩あたりこの新酒を楽しむことでしょう。

 この酒も元はといえばお米から作られています。最近は酒米事情も変わって酒米を確保するのに大変のようです。先日解禁になった外国産のワインについてはマスコミも大々的に取り上げるのですが、ここは日本なのに何故か新酒の話題は少ないようです。私の町にも最近まで奥嶋酒造という蔵元が島錦という銘柄のお酒を作っていましたが、日本酒の消費量の落ち込みに対応することができず、残念ながら長い歴史に幕を閉じました。高い煙突も白壁の酒蔵も町の格式を示すように残っていますが、酒を作る息遣いが消えた建物が泣いているような寂しさを感じるのです。

 米も人、酒も人なのに全てが洋風化の波に押し流され、米も酒も人の気配がしなくなりつつあります。これも時代の流れでしょうか。私のささやかな日々の暮らしの中からも米と酒は消えようとしているのです。日本人の体に病気が増えた原因を、「米を食べると太る」という間違った宣伝をし続けた結果だという反論学者の説を聞くと、やはり日本人の暮らしや健康にはお米が一番だとも思うのです。そうだこれから少しお米に軸足を移して暮らしてみようと思った次第です。

  「酒飲まず お米も食べぬ 日本人 最早私は 何人でしょう?」

  「送られた 稲木のお米 玄米の ご飯に炊いて 妻と二人で」

  「送られた 酒でちゃっかり 親孝行 親父喜び 一日長生き」

  「蔵元の 酒が消えたる 界隈を 寂しく歩く 秋の夕暮れ」