shin-1さんの日記

投稿者: | 2006年4月13日

○お父さん滅多なこと書かれん

 昨日外出から帰った妻が開口一番言った言葉は「お父さんめったなことは書かれん」という言葉でした。それというのも今日出席した会合で、役所の人で私のブログの愛読者がいて「若松さん、あなたのご主人のブログにはご家族やお孫さん、それにあなたのことが書かれていて、とても楽しく拝見しています」と言ったそうです。寝耳に水の妻は自分が私のブログを読んだことがないので、トンチンカンナ話に終始したそうです。特に体重の話は相当気にしているらしく、顔を赤らめ恥をかいたような錯覚をしていました。だから「私のことは絶対に書かないように」と念を押されてしまいました。

 私はどちらかというとこちらの方言かも知れませんが「あまのじゃく」、つまり「やるな」と言われたらやりたい方ですので、口も渇かないのに妻の事について、妻には内緒で少し補足しておきます。

 私の妻は南予八幡浜の出身です。私の理想の人は南予出身だったのでいわば出身地だけは理想の人です。南予人らしくおっとりしていて、4人の子どもを育てたり、祖母・母の2人を介護をして天国へ送ったり、父の面倒を見たり、更には私のわがままな性格に付き合って多くの人が訪ねてくるのを一手に引き受けてお世話をしてくれています。最も凄かったのはフロンティア塾を開いた時、40回の塾の半分以上は毎回50人もの食事の準備を一手に引き受けてやったことです。

 最初結婚したごろは料理が下手で、私たち家族はたくさんの黒コゲを食べさされました。もし私がガンになったらその黒コゲが原因ではないかと思われるほどです。でも必要は成長を促すのか、我が家へやって来るお客さんのもてなしや、大家族の世話をするうちに今では飛び切り腕の立つ料理人に成長しました。特にお魚ママさんで特訓した魚のさばき方は半端ではなく、トロ箱でいただく親類からの贈りものも冷凍庫という優れものを味方にしてわが家の火の車だった(今もかも)台所を見事にこなしてくれました。

 妻は私の苦手な数字や経済に強く、大学ノートを使った家計簿は中々大したものですし、私にかかってきた電話番号でもメモせず覚えているくらいいです。しかし時間がないのか時間の概念が余りないように思われます。ですから二人で家を出る時はいつも喧嘩になります。遅いと怒る私を見て、まりで一休さんのように「慌てない慌てない」ですから困ったものです。

 まあ、今日は「お父さん滅多のことを書かれん」と釘を刺されましたので少し褒め、少しけなしましたが、これからも妻のことはどしどし書くつもりです。奥さん悪しからず。

  「汗もかく 恥もかきます かきついで ブログに妻の あることないこと」

  「ブログとは 怖いもんだね 筒抜けで 妻の悪口 人が知ってる」

  「大丈夫 一向上達 しない妻 パソコンブログ まだ読めません」

  「妻のこと 書けばすっきり ストレスが なくなる錯覚 私の健康法」

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