shin-1さんの日記

〇今時の若者世代に思う

 東京の中央省庁出身キャリアで愛媛県へ赴任している友人から、縁戚にあたる大学生が春休みを利用して来県するので会って欲しいと頼まれました。その模様は4月8日のブログに書いて紹介していますが、慶應義塾の大学生である山内さんは、愛媛県を離れる時松山空港からわざわざお礼の電話をかけてくれたほど、今時珍しい律儀な若者なのです。彼は電話で帰宅したら東日本大震災のボランティア活動に行く予定だと言っていました。数日前自宅に戻った山内さんは、宮城県南部の海に面した岩沼市での様子をかなり詳しくメールで送ってくれました。その中で山内さんも、山内さんの書いたメールを読んだ私も、特に印象に残ったのは若者たちの姿でしたので、一部を紹介して記録にとどめたいと思いました。

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 ~前略~

 悲惨な光景を目の当たりにして、気が沈むこともありましたが、心強く印象に残ることが3つありました。

 災害ボランティアは市か一括管理しており、1日200人~300人ほどの方が参加してがれきの撤去を主に行っています。登録を済ませると待合室で派遣される順番を待つのですが、驚いたことに地元の高校生が大勢来ていました。彼らの家は津波の被害は受けなかったものの、家の中の家具等はめちゃめちゃになってしまったそうです。そして学校も4月は休校になっているそうです。

 彼らはごく普通の高校生でした。彼らは淡々と仕事をし、休憩時間には学校の休み時間かのようにじゃれあい、作業が終ると軽く会釈をし、まるで部活の帰りかのよう私たちの重装備とは対照的ジャージ姿で自転車に乗って帰っていきます。

 そんな彼らの淡々とした日常のようなふるまいから、うまく言葉にはできないのですが、東京の学生とは違うとてつもない心強さを感じました。

 がれき撤去として派遣されたお宅は津波が到達した最も内陸部分のお宅でした。流されることはなかったものの、床上浸水の家の前の畑がめちゃめちゃになっていました。その家の方とお話して、自分が東京から来たとお伝えすると、「次ぎの地震は必ず東京にくる。その時は東北が支える番。そのためにも早く東北を復興して欲しい」とおっしゃるのです。被災されたのにも関わらず、とても心強い考えをお持ちで圧倒されました。

 ~後略~

 
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 世の人々は今の若者を見て、無責任・無感動・無表情・無社会などと揶揄していますが、同世代の若者である山内さんが肌で感じた若者の姿は、逞しい日本の若者世代の姿でした。「今の若者は」という言葉は昔から言い古されていますが、どうしてどうして、日本の若者たちも捨てたものではないのです。山内さんのメールを読んでとても嬉しくなりました。と同時に大人の私たちもしっかりしなければと思いを新たにしました。

 私は現場主義です。もし山内さんが大震災の現場に行かなかったらこんな経験も感動もなかったかも知れません。山内さんにとっては大学での100回の講義より今回の被災地フィールドワークは大きな学びだったに違いありません。今後も厚誼は勿論大事ですが、折に触れ社会の現場へ出向いていい学びをして欲しいと思っています。願わくば成長した山内さんの姿を見てみたいものです。そのために私もそれ相応の進化を遂げておかないと・・・・。

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  「震災で 目の当たりした 若者に 強さ感じた 私同感」

  「百回の 講義に勝る ものもある 現場様々 心が動く」

  「若者に 負けてたまるか 心して 進化をせねば 笑われるかも」

  「ああ日本 次に繋がる 人ありて 少し安心 光を見たり」

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〇「泊めてください」と言われても・・・・

 「若松さん、連休期間中に一度日本一とあなたが自慢する夕日を見に行きたいのですが、ご案内いただきますか」と、数日前知人からメールが入りました。「どうぞお越し下さい」と言いたいのですが、「いつ行くか足の向くまま気の向くままに」とか、「夕日を見た後、あなたの家へ泊めて下さい」「一緒に私設公民館煙会所か人間牧場でいっぱいやりましょう」とか書かれていたので、早速返信のメールを送り返しました。

 実はこの人は東京の人で、知人といっても東京の研修会で一度名刺交換をしただけの人なので、さてどうしたものかと迷いに迷いました。私は人を向かえるスタンスとして「来る人拒まず、去る人追わず」を貫き、人の良し悪しなど余り気にせず対応してきましたが、「どうしようか」と迷いました。

 迷った理由は3つです。その一つはリタイアしているので、相手は私が毎日暇を持て余していると思っているようなのです。ゴールデンウィークといえど私にも都合があり、予定もあるので、期日や時間を指定してもらわないと、いつ来るか分からない人を待ち続ける訳には行かないのです。

 二つ目はわが家に泊まりたいということですが、残念ながらわが家は今息子家族が同居するため家のリフォーム真っ最中で、連休中に引越しをする予定なので、泊める訳には行かないのです。加えて三つ目は私が酒を飲まなくなったこともさることながら、酒を飲むとなると妻の手料理も用意しなければならないので、せめて大型連休ぐらいは妻を休ませてやりたいという思いもあったのです。


 私のメールの返信にはその辺を詳しく書いて、「夕日を見るだけなら、煙会所や人間牧場を案内するだけならいいのですが、今回は泊めることもお酒を飲むことも叶わない」と断わったのです。

 ところが相手は既に長いゴールデンウィーク前に休暇を取って出発していて、私の送ったメールを見ていなかったのです。3日前の夕方何の予告もなしにその知人はわが家にやって来ました。丁度来客中で一緒に夕日を見たいと言われましたが、シーサイド公園へ行くこともできず、結局沈み行く夕日を家から見学してもらいました。メールを送ったこと、家の都合で泊めれないこと、酒を飲むことができないことなどを説明しましたが納得せず、ついには夜を迎えた人間牧場へ連れて行き、泊めることにしたのです。

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 いちいち身勝手なのですが、明くる日の朝早く妻が作ってくれた朝御飯を持って人間牧場へ行き、その日は旧広田村へ講演に行く予定だったので駅まで送り、草々に引き上げてもらいました。金をかけない旅も結構ですが、相手を思いやる心は欲しかったと思いつつ、それでも何か悪いことをしたような気分でお別れをしました。

 いやあ参った参ったでした。それでも偶然にわが家からいい夕日が見えたのはラッキーだったと思っていますが、私の知人や友人には色々なタイプの人がいるものです。昨日その人から携帯電話が入りました。旅先の宮崎県からでしたが、無事に旅を続けているようで安心しました。


  「身勝手な 東京知人 予告なく いきなりわが家 泊めていわれる」

  「とりあえず 夕日見てから 牧場へ 一夜の宿と 一汁一菜」

  「もしこれが 空海だったら 十夜ヶ橋 苦笑しながら 対応苦汁」

  「田舎住む 人は誰もが 暇思う 東京人の 発想甘い」


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