shin-1さんの日記

○世界一のホタテ貝を食べる

 昨晩わが家は凄いご馳走でした。外出先から帰ってみると一個の宅配便が届いていました。送り主の住所と名前を見て納得というよりは有難いと思いました。先日まで4日間北海道に出かけていましたが、講演の行く先々で親しい人がどんどん増えて、色々なお土産をいただきました。ワカサギの佃煮やサケの加工品、中には自分が作詞をしたというカセットテープなどその中身は様々で、あらためて女性の人のきめ細やかな配慮に感心しているのです。

 講演が終わって佐呂間町の方々を交えたお茶会が開かれました。講演二日目は夜の集会だったためホテルへ帰ったのは午後9時です。それからのお茶会なので①時間余りの短い時間でしたが、私の本の注文などの取りまとめなどをして集合写真を撮り握手をして、雪道をそれぞれの家路に急いだようです。

 帰り際佐呂間町の船木さんがいつも送ってくれる立派なホタテ貝の話になりました。今の佐呂間町はオホーツク海も佐呂間湖も氷に閉ざされているためホタテは氷の下なのです。その時同席した一人の女性が「少しだったらあるから送ってあげる」と名乗り出ました。いくら船木さんを知っているからといってもほ耐えを送ってもらう訳にはいかないと思いながら帰ってきました。そして昨日思いもかけないホタテ貝が宅配便で送られてきたのです。


 その人の名前は井田貴子さんでした。宅配便の荷物の中には綺麗な字のお手紙が添えられていました。

 「時季はずれということもあって、わずかなホタテです申し訳ありませんがご賞味ください」と書かれたその後に「私の愛する夫の養殖ホタテは世界一と思っています」と書かれているのです。いやあ驚きました世界一だと胸を張るのですから・・・・・。そして「一緒に入れたホタテガイの稚貝の佃煮は私たち佐呂間漁協女性部のオリジナル手作りのものです。合わせて召し上がってみてください」と書き添えられていました。

 さあそれからが大変です。妻と二人で焼いたり刺身にしたり、バター炒めにしたりと、香ばしい香りに食欲をそそがれながら妻の料理を手伝ったのです。

 さあ食べようと口に入れて食事を始めていると、期せずして井田さんから電話がかかってきました。私が夕方お礼の電話をかけた時は貴子さんはあいにく留守でした。電話に出た息子さんに伝言していましたが、帰るのは8時過ぎだと伺っていたのです。

 世界一のホタテ貝を食べながらその模様をまるで実況放送のように伝えましたが、さすが本場のホタテ貝です。ご飯のお代りをして少々食べ過ぎてしまいました。妻いわく「お父さんは幸せ者だね」です。「違う違う、私のお陰でこんな美味しいものが食べれるお前が幸せ者だ」と笑いながら楽しい食卓は9時過ぎまで続きました。

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shin-1さんの日記

○ある若いお医者さんからのメール

 私のパソコンにはインターネットで毎日たくさんのEメールが送られてきます。先日のように北海道へ出かけていて4日間も家を留守にすると、帰宅後メールを開けるのが何だか憂鬱になるほど未読のメールが軒を連ねて出てくるのです。それでも最近は迷惑メールと必要メールに大まか分けられてフォルダボックスに入るので、迷惑メールは日の目を見ないまま消去され随分助かります。それでも年輪塾をネットや燃える人ネットなど、身近な全員配信メールも多くその分類作業も時間的にはかなりの量のようです。でもネット時代に生きているのですからこれぐらいな作業は当然と考えると、我慢術より楽しむ術の方に軍配が上がるのです。しかし時には大切なメールが迷惑メールに交じって消されてみたりの小さなトラブルは絶えないのです。

 先日年輪塾ネットの書き込みについて、立ち上げからかかわって運営している清水さんから、少し辛口なご指導があって、みんな何気なくやっていたメールのやり取りを立ち止まって考える良い機会となったようです。パソコンのイロハを知らない私は、まるでいいとこ取りのような形のメール利用をしていますが、デジタルといえどアナログなハガキのように大切に扱うことを君に命じました。

 

 そんなメールに交じって心温まる一通のメールが届きました。先日の夜、ある病院の顔見知りの看護師長さんから頼まれて病院の職員さんにお話しに行きました。会場には沢山の参加者がいましたが、同じような看護服を着ているので、どの人がお医者さんでどの人が看護師なのか分からず、一ぱからげた話をしました。会場の雰囲気は最初「どんな人がどんな話をするのかな?」という不安がよぎって少し硬めでした。しかしその硬さもいつの間にか取れて、最後は質問まで出る賑やかな講演会となりました。講演が終わって帰り際には看護師長さんに加え女性の病院長までもが玄関まで送っていただき、恐縮しつつもほのぼのとした気持で夜の道を帰郷しました。明くる日その病院から3通のメールが届きました。看護師長さんからのお礼のメールと後の2通は若い女性職員と若いお医者さんからでした。

 メールを使えるようになって何年かが経ちましたが、これまでお医者さんからメールが届いたことはないので、一瞬驚きました。と同時に嬉しい出来事なので返信メールを送り、昨晩ハガキをしたため今日投函する予定です。

 そのメールによると私の印象を、「会場に入って来られた時は小柄だな~という印象でした」と述べています。そして「講演が終わった後はなんて大きな人だろうという印象に変っておりました」と書いてくれました。それはお世辞だと分かっていても、一方で決してお世辞ではないと思いつつ、メールの持つ意味を考えました。講演などで人の前に立つ機会が多い私ですが、このお医者さんが書かれた講演前と講演後の印象の違いこそ私が目指している講演の姿なのです。

 多分私は他の講師のように「○○大学を優秀な成績でご卒業され」という学歴もないため、普通の田舎のおじさんに見られることが多いのです。でも私には学習歴や実践歴は沢山あって話のネタは心のポケットにたくさん詰まっているのです。フィーリングが合えば私の話も医療現場にだって応用できるのです。

 「にこ・ぴん・ころの話、潜在能力の話、幸せの話、変えていいもの、いけないものの話、どれをとっても印象深い話でした」と批評してくれました。始めてお医者さんから頂いたメールは、ひょっとしたら私をレントゲンされたのかも知れないと思うのです。人間の心の動きはレントゲンでも名医でも中々見抜くことはできませんが、せめて医療現場に生きる人たちは、患者さんに対して役職や名刺などでその人の偉さを判断せず、一人の人間として向き合って欲しいと思いました。メールをいただいた若い医師のいるこの病院は少なくともそのことができる病院だと思いました。

  「第一の 印象小さく 見えた言う 講演終わり 大きく見えた」

  「人を知り 人から話 頼まれて 人に話すが 人は変わらぬ」

  「お医者さん 相手に話す 度胸持ち 呼ばれた先で 今日も講演」

  「若い医者 メールいただく 嬉しさに 涙出るほど 嬉しくなって」

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