shin-1さんの日記

○本の引越し

 「えっ、本が何処へ引っ越すのですか」と訪ねられそうですが、人間牧場の水平線の家へ私の書斎にある本を思い切って異動させようと思っています。わが書斎が本で埋まってしまったことも大きな理由ですが、4月からはできるだけ水平線の家で読書三昧な人生を過ごしたいのです。でも長年慣れ親しんだ本を書斎の書棚から出すとなるとこれは大変な作業なので、差し当たり人間牧場へ行く時にキャリーやダンボールに詰め込んで運ぼうと思っています。机の横に平積みしている本は最近買ったものが多いので、まだ完全に読破していませんが、水平線の家で読めるので持って行きます。

 もうひとつ持って行きたいものは新聞のスクラップです。無造作に段ボール箱に入れられていますが、これもこの際整理をして来た人の閲覧に供したいのですがその余裕があるかどうか心配です。

 ああやっぱり私には秘書がいるなあと思いつつ妻に話すと「私の勤めももうそんなに長くないから、仕事を辞めたら私が秘書になってあげる」と嬉しい申し出です。ここだけの話で妻には内緒ですが、私は妻を秘書にする気はさらさらないのです。何故なら私の行動が全て彼女によってコントロ-ルされることを恐れているのです。

 まあ秘書の話は私が売れっ子になった時の話で、夢のまた夢くらいにしておきましょう。だって年金暮らしが目の前の惨めな定年退職サラリーマンとしては、実現不可能な夢なのです。でも分りませんよ。私は常々「夢はドリームではなくターゲットである」と言ってますので、来年当たり何処かから講演依頼があれば、「お待たせしました。秘書のSでございます」なーんてことには絶対なりません。

 本で思い出したのですが、先日双海町の元漁師さんが「海族西瀬戸漂流記」なる自分史を出版しました。公民館の自分史講座で学んだ成果物なのですが、先日早朝私の家へわざわざ持ってきてくれました。まだ忙しくて読んでいませんが、早く読んで感想を言わなければなりません。

 私の町も、彼のように私に刺激されて本を書く漁師さんがいるのですから、捨てたものではありません。

文章はさておいて、自分の心の中にしまっている出来事を思い出して文章にすることは相当な勇気と努力が必要なのです。これは書いた人でないと分からない生みの苦しみだと思うのです。でも書いた本人はホンができた瞬間のあの真新しいインクの匂いがまた大きな感動だったはずです。

 あの朝の元漁師さんの晴れ晴れとした顔は今も私の心の中に焼きついています。人間には百人いたら百通りの人生や物語があるのです。自分ではつまらないと思っている人生でも文字にすると人の心を打つような出来事は多いのです。特に失敗談は成功談より感動ものなのです。

  「この本もあの本も皆思い出がよくぞこんなに私の知恵に」

  「わが家から本が引越し明日の朝再び読んで長旅思う」

  「どの本が記憶一番訪ねられあれもこれもと思いつくまま」

  「確実に使わない本実は辞書昔と今は本にも変化」

 

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shin-1さんの日記

○私は痩せている

 昨日友人から送られてきた自分自身のスナップ写真を見て驚きました。「その顔に驚いたの?」なんて言われそうですが、いえいいえ顔の構造に驚いた訳ではありません。その痩せ方です。私は元々65キロくらいがベストで、結婚以来その体重は増えもせず痩せもせずの体型を維持していました。しかし6年前に胆嚢のポリープ手術をして胆嚢を取ってからは次第に痩せ始め、最低では55キロまで落ち込みました。人間の体重は普通1割程度なら減量しても別にどういうことはありません。つまり65キロだと60キロくらいまでが最低ラインでしょうからさらに5キロはちょっと痩せ過ぎだと思うのです。さすがにその頃は体に馬力がなく、周りも心配しましたが、今は2キロ弱回復し56キロから57キロを往復しています。

 毎日顔を洗うときに鏡に映る自分の顔を見ているのですが、毎日の暮らしの結果徐々に体重が減っていたので、自分にはさほど気付きませんでした。

 友人から送られてきた写真は私がある会場で講演をしているスナップでした。面白おかしく話をしているようなのですが、顔の肉は落ちて頬はまるでえくぼのように引っ込んでいます。そういえば一生懸命食べているつもりでも確かに食は細くなっていますし、肉やてんぷらといった油濃いものは遠慮しがちなようです。

 私の手元に一冊の本があります。「昇る夕日でまちづくり」という自著本の表紙に、玉井恭介さんが撮ってくれた私の写真が載っていますが、これが病気前の私の姿です。顔も体もふくよかで私の全盛時代を思わせるようにエネルギッシュな顔つきをしています。酒をやめたことも痩せた一因でしょうが、どうしてこのように痩せたのか未だに原因が分らないのです。

 私の痩せた体を見て「おい大丈夫か」と親戚の人が心配して声を掛けてくれるのですが、当の本人はいたって元気で過ごしています。妻曰く「痩せたい私は太り、太りたいあなたは痩せる。世の中はどうしてこう上手くいかなないのでしょう」。妻の姿を見てつくづくそう思うのです。

 私はどちらかというと体を動かすのが性に合っています。だから旅行しても先日の沖縄行きのようについつい一日1万歩も歩くのですが、まあ健康に留意して元気に過ごしましょう。

  「体重を減らす増やすも難しい妻と私じゃまるで反対」

  「健康は自分に贈るプレゼント努力なしでは喜び半減」

  「これ俺か写った写真正直に病後の体細くげっそり」

  「使用前使用後みたいな顔をして人に健康言えたものかよ」

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shin-1さんの日記

○浴衣

 先日まちづくりのお手伝いをした山口県美川町の皆さんと道後温泉のとあるホテルに泊まりました。最近は温泉街のホテルといえども洋室が主流でベットに寝るのですが、このホテルは全てといってよいくらい和室で、逆に珍しいホテルですねと、宿泊客が口を揃えていました。先日沖縄のホテルに3日間逗留しましたが、主催者が私のために手配したその部屋は私一人しか泊まらないのにベットが2つもあって、変な考えをしてしまいそうな雰囲気でした。いくら講師だからって、しがない田舎者の私にこれ程手厚くしなくてもと恐縮するくらい手厚くしてくれる所もあり、群馬県太田市では「この部屋は貴賓室では」とこれまた勘違いするような立派な内湯付きの温泉ホテルに泊めてもらいました。

 ところで世の中の暮らしが洋風化したのでしょうか、部屋備え付けの寝巻きも浴衣からパジャマへと変化しつつあるようです。勿論先日泊まった道後温泉はさすがに浴衣でしたが、浴衣に丹前、セッタに羽織とくればやはり温泉街を酔ってそぞろ歩きと行きたいところです。山口県から来た人の中には重要文化財に指定されている道後温泉本館の外湯を楽しもうと浴衣がけで湯かごを提げて出かけていました。

 浴衣とくれば夏祭り、浴衣とくれば大相撲を連想します。今週の日曜日にはいよいよ春場所がスタートしますが、浴衣を着たお相撲さんが町を歩く姿はチョンマゲと似合ってこれまた日本の良き風景だと思います。お相撲さんには序の口・序二段・三段目・幕下があってこの位置にいる人は無給だそうです。実力社会の厳しい掟のある大相撲の世界では、番付によって着る物まで制限されていて、無給の幕下まではたとえどんなに寒かろうと一年中浴衣一枚で過ごさなければなりません。最近は部屋でいるときはトレーナーを許されているそうですが、一歩外へ出るときは必ず浴衣に着替えなければならないのです。勝ち越せば上、負け越せば下と一見単純そうに見えるこの世界も、一歩中に入ると江戸時代にタイムスリップしたような錯覚にとらわれるといいます。私たちがテレビでいつも見ている化粧回しをつけた華やかな世界は十両以上の人で、浴衣一枚で暮らす幕下以下とはまさに雲泥の差なのです。

 それにしても私たちの暮らしはいつの間にか随分洋風化したもので、家にいるときは浴衣など殆ど身に付けません。たまに旅行に出てホテルへ泊まって浴衣を着て寝ると、朝には浴衣の前がはたけて見るからに哀れな姿になっています。そこへいくとパジャマは少々ね増の悪い私でも前がはたけることもなく休めることができるのです。椅子と机でご飯を食べ、パンとコーヒーで朝食すぉ済ませる、それは洋風ではなくもう日本風になりました。

  「浴衣など旅の思い出お相撲さん連想ゲーム時代は変わる」

  「寒くても浴衣一つで外に出る相撲の世界何と寒いか」

  「浴衣着て湯篭ぶらぶら街歩き平和長閑な湯上り夫婦」

  「温泉は浴衣寝巻きと兼用でこれも日本のおかしな話」

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