shin-1さんの日記

○中毒症状

 私の知っている人に三つのタイプの中毒症状をした人がいます。一つのタイプはお酒の中毒です。その人は毎日家で晩酌と称して練習しているためかとにかく酒が大好きで、酒がないとこの世の中は始まらないと常々口に出すほどで、日本酒、ビール、焼酎とアルコールだったら何でもこなすのです。この人は数年前酒が原因か分りませんが胃を半分ほど切りました。病院に見舞いに行った時はさすがにがっくりし、もう酒は止めたなんて殊勝なことを嫁さんや私に言っていましたが、その後病気が回復するとそのことを忘れたかのように酒を飲み始め、今では以前にもましてお酒を飲んでいるのです。酒を止めた私に向かって、「酒が飲めないなら死んだ方がまし」なんて豪語し、昨晩も酔って私に電話をかけてそんな話をしました。

 二つ目のタイプはタバコの中毒です。その人は陸蒸気と言われるほどのヘビースモーカーで一日に3箱もタバコを吸っています。最近禁煙運動が社会に認知され、学校や職場や乗り物の中ではタバコを吸う人が肩身が狭い感じがしますが、彼は常々「わしはタバコを吸って税金を納めているのにたばこを飲んではいけないとはけしからん」と豪語していますし、「タバコを止めれないのはおかしい。わしはもう7回以上止めた」とまるで落語を聞いているような話をしています。タバコが「百害あって一利なし」ということも知っているのでしょうが、先日肺がん検診でひっかかり、精密検査を受けたのですが異常なしと分って再びモクモクの煙です。

 三つ目のタイプはパチンコの中毒症状です。彼は暇さえあればパチンコへ出かけています。そのためパチンコについてはかなりの薀蓄を持っており、どの台が良く出るとかパチンコの玉が一個○円するとか、幾ら儲けたとか、何故か取られた話はせずに、夢のようなことばかりをいっています。先日もフィーバーして15万円取ったと得意顔でした。「そんなに取ったのならたまにはおごって」と言ったのですが、「つぎ込んだ元手が戻ったらな」と軽くいなされました。

 酒やタバコのように直接からだの健康に結びつく中毒は、自分の体だけでなく家族の大黒柱という責任も負っているのですから、厳に慎むべきでしょうが、パチンコは別に体が悪くなるわけではありません。しかしパチンコにはお金がついて回ります。ゆえに度が過ぎると家族の人間関係まで崩しますから、これも要注意でしょう。

 結局いずれの中毒症状も自分の心の弱さが原因としかいいようがありません。3人それぞれの奥さんから「若松さんあなたは酒もタバコもパチンコもやらないから尊敬する」と褒められています。また「若松さん、うちの主人に止めるよう言ってください」ともねだられます。その都度私は奥さんに言ってやります、「あんたが言って止めないのに、私が言って止めるはずがない」と・・・・・。しかし大事になる前に止めて欲しいものです。

  「酒たばこ パチンコなどに 手を染めて 止めれぬあんた 子どもが見てる」

  「中毒を 断ち切り生きる 方法は 死ぬしかないと 言ったが止めず」

  「俺偉い あれほど好きな 酒止めた 妻が褒めるは ただのこれだけ」

  「酒止めて 金が貯まると 思ったが 下戸に建つ蔵 ないと人言う」

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shin-1さんの日記

○春に3日の日和なし

 このところ、春の兆しが一段と増してきました。「春に3日の日和なし」といいますが、本当にそうだと思います。3日前には雪が降って背後の牛の峰山には白い積雪が見られました。そうかと思うと今日は一転して穏やかな日和です。私たちはストーブを焚いたり下着を一枚重ねたりして気温の変化に対応できるのですが、88歳になった親父にはこの温度変化は何とも体温調節が難しいらしく、戸外に出れないいらいらもつのってまるで亀のように首をすぼめて春の来るのをじっと待っています。

 今朝は長男が早朝5時にわが家へやって来ました。昨晩電話が入り人間牧場の五右衛門風呂の屋根葺きが気になるらしく、私が早立ちで今治に行くというので私を誘い人間牧場まで行きました。早朝の人間牧場はまだ外も暗く、懐中電灯を持っての山登りとなりました。人間牧場に着いて全部の電灯を点けるとその光で五右衛門風呂の別棟が浮かび上がりました。昨日の大工さんと左官さんの合同屋根吹きで見事に青竹の屋根が完成していました。妻は私の退職のこともあって「できるだけ金を賭けないように」と息子に言うのですが、設計士のプライドが許さないのかどんどん前へ進めて行きます。でも暗闇の中にぽっかりと浮かんだ風呂場の青竹葺きの屋根を見て私も息子もすっかり感激しました。

 この後風呂場の下の土留めのためにブロックをつき、外壁に水平線の家と同じ防腐剤を塗ると第二期工事は一応の完成となります。長い一年間の第一期・第二期工事でしたがこれで一応の目鼻がついたことになります。もう一つ、人間牧場に隣接する梅林を譲ってもらうよう依頼していたら、地主さんから譲ってもよい旨の快諾をいただきました。後は値踏みでどういった折り合いをつけるかだけです。正直嬉しいです。

 さあ春植えの準備もしなければなりませんが、この季節は自治会長を努める私にとっても決算や来年度の事業計画など忙しい日々が続きそうです。何とか乗り切れそうなこの一年は未知の分野だっただけに向こうが見えず苦労しましたが、残された任期を来年度こそは自信を持ってやりたいものです。

 そうだ、春の彼岸が近づきました。親父に任せてすっかりご無沙汰しているお墓の掃除やお墓参りもしなければなりません。シキビの木を切ってきて供えることだって長男で墓守の責任がある私の仕事として、親父からそろそろバトンタッチしようと思うこの頃です。

  「朝晩は 冷えるが昼間 温かく やっと春来て 親父冬越す」

  「墓守は 親父の仕事 思ってた いよいよ俺の 出番近づく」

  「暗闇に 浮かぶ五右衛門 風呂の屋根 青竹葺いて いやはや立派」

  「さあ次は 新たな仕事 待ち構え 俺も何だか 若さみなぎり」

 

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shin-1さんの日記

○県境の町は愛媛で一番東京に近い町

 いつも思うのですが、愛媛県内の過疎地に行くと決まったように「こんな僻地まで来ていただき恐縮です」とあいさつされます。確かに愛媛県は東西に細長い県ですので県庁所在地からだと、いくら高速道路が整備されているからといっても愛南町の旧一本松だと3時間もかかるし、伊方町の旧三崎町でも2時間、また橋が架かからなかったしまなみ海道沿いの島々へは、更に更に時間を要します。ですから自分たちの住んでいる所を僻地だと思っているのだと思います。しかしそれは心の負い目であって、もっと自信を持って自分たちの町に生きなければならないのではないかと思うのです。

 今日はしまなみ海道を通って今治市の旧上浦町の高齢者フェスティバルの記念講演に招かれ、朝立ちで出かけました。しまなみ海道沿線はもう春の装いで吹く風に磯の香が漂い、日本一のつり橋を渡って行きました。少し時間があったので旧吉海町のバラ公園に立ち寄ってみました。シーズンオフということもあって公園周辺に人影は殆どなく、バラ公園の管理をしている女性が数人黙々と作業をしていました。バラの芽は芽吹きはじめており、女性の方に聞くとこの公園内には6500本ものバラがあるそうですが、毎日こうした丹精があるからこそ5月の美しい花があるのだと、むしろ花を見たより感激しました。今年のゴールデンウィーク後には、しまなみ海道もいよいよ全通するとのこと、尾道への所要時間は20分も短縮されて便利になるそうなのですが、吉海のバラ公園にとって全通は通過する町になるだけに手放しでは喜べないのではないかと心を痛めました。

 旧上浦町には広島県瀬戸田町、いやもう尾道市と合併をしたので旧瀬戸田町と言うべきでしょうが、愛媛と広島を結ぶ立派な橋が架かり、その袂に道の駅があります。この道の駅の創業時には随分と深いかかわりを持ちました。当時の産業課長だった吉田さんと計って色々と知恵を出しました。当時は開通景気も重なって凄い人でしたが、今は往時ほどの勢いはなくひっそりした雰囲気でした。

 今日の集会は文化勲章受章者の村上三島記念館でありました。嬉しい事にかつて県議会の重鎮であった先田先生が面会に来ていただきました。在職中、一介の役場職員だった私に何かと目と声ををかけてもらった大恩の人ですが、わざわざのお運びに恐縮してしまいました。また良く酒を飲みよく夢を語った富士見園社長の鶴岡元議員さんも楽屋へ面会に来られ、嬉しい出会いでした。

 会場は約500人の熱気でムンムンでした。お年寄りのパワーは凄いと思いました。しかし残念な事にどの役員さんからも「こんな僻地まで」と謙遜でしょうが言葉が出ました。私は「ここは僻地ではありません。松山より東京に近いので、松山の方が僻地ですね」と笑って反論しました。私は思うのです。旧上浦町のような穏やかな地域で人生の終わりを迎えれることの幸せを・・・・・。皆さんもそう思いませんか。私は自分の地域が僻地だとは一遍も思ったことはありません。今は人間牧場も作り、むしろ田舎を見せびらかせて暮らしています。水は美味い。空気は美味い。食べ物も美味い。人を気遣う最高のコミュニケーションがある。こんな天国のような所で生きれることは最高の贅沢なのです。自分の暮らしの素晴らしさは外に出ないと中々分らないものです。私の90分の話はその事に大半を費やしましたが、さて心の扉は開いたかどうか・・・。

  「こんなとこ 僻地僻地と 言うけれど 何処が僻地か 東京近いぞ」

  「幸せな 日々の暮らしが あるとても この上何を 求めたがるか」

  「ハーモニカ 吹けばいきなり 歌いだす 体感音楽 心に染みて」

  「花束を 講演お礼に 渡されて すっかり揚がり 時計忘れた」  

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