○激安・特価・そして半額
今朝の新聞折込にお酒の広告が2枚入っていました。一枚はかつて隣の町だった隣の市、もう一枚は隣の市だった同じ市のものです。「えっ、隣の町だった隣の市だって?」。はいそうです。長浜町は隣の町でしたが今は隣の大洲市なのです。また「隣の市だった同じ市」とは伊予市のことなのです。わが町を基点に考えれば一年前まで大洲市はかなり遠い、行くのに40分もかかる街でした。勿論大洲市の中心市街地へ行くのには今も昔も変わらないのですが、大洲市という入り口の看板はわが町の隣、すなわち大洲と合併した旧長浜町に建って隣町になったのです。一方わが双海町は今やこれまた合併によって伊予市の市内になったのです。そのためチラシ広告の世界でも異変が起こり私の住んでいる田舎町でも商圏が拡大したような錯覚に陥ったのか、伊予市と大洲市のチラシが連日のように入るようになってきました。
今朝のお酒の広告を見て目に付いたのは「激安・特価・半額」という文字でした。特に一枚はチラシの周りを「激安・特価・半額」という文字ばかりで囲って、酒の好きな人への関心を引かせています。例えばビールですが、ビールには定価なるものがあるはずなのですが、価格破壊が起こってまるで二重価格があるかのようです。かつてナショナル電化製品の二重価格が問題になったように、これは問題にすべき事柄のような気もしますが、何故にこのようなことが起こるのでしょう。「ネタ明かしは簡単で当店では『現金仕入れ』だから他の店より安くなるのです」と店長は胸を張るのですが、今のようにアルミ缶を見ただけでは普通のビールも発泡酒も見分けがつき難い私たち世代にはそのからくりはさっぱり分らないのです。
私は車に乗れますので安い店を探そうと思えば消費者の権利ですから幾らでも探せます。しかし車にも乗れないお年寄りにとってお酒は地元の酒屋以外の選択の余地は殆どないのです。チラシを見ながら、「地元の酒屋は何でこんなに高いのか」と疑わざるを得ないのです。困っているのは地元の酒屋さんです。近隣に安売りのリカーショップなどが出来て、今では注文配達までしてくれるというのですから、客足は自然に遠のきます。もっときついのは「お前とこの店は田舎なのに何でそんなに高いんぞ」と言われることです。「何で」と言った人は「田舎は安い。都会は高い」という根強い認識のずれがあるのです。お酒を飲まない私にすれば、そんな言い争いは「他岸の火事」に等しいのですが、それでも田舎の店の苦しさを思うと何とかならないものかと心配をするのです。
原価が幾らなのか分らないし明かそうともせずに「激安・特価・半額」といわれても「安い」と判断するほど世の中は甘くはありません。でも「激安・特価・半額」の言葉の魔術にひっかかる消費者が多いことも事実でしょう。「誇大広告」ともとれるこの商戦、果たして成功するのでしょうか。チラシの新聞折込には一枚○○円の折込代が要るのです。まさか折込代まで「激安・特価・半額」ではないでしょうね。
「激安や 特価半額 ちらリズム そんなに高けりゃ 飲む量減せば」
「このビール 何でそんなに 安いのか 広告商品 本当にビール?」
「飲む人に 聞いたが味は 分らない だったら安い 発泡お勧め」
「酒飲みの 人の名前に 安がつく そういう人も 昔あったか」