shin-1さんの日記

○明日から山口県美祢市・山口県柳井市・福井県へと長期の出張が続きます。

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○不思議な男

 今日の朝も昨日の朝と同じように午前4時に目がさめました。一緒に寝ている妻は「もっとゆっくり寝てから起きて」と毎日のようにいうのですが、長年の癖は年をとってからも治らず、もう40年余りもこんな暮らしをしているのですから、妻にいわせると「呆れてものがいえない」そうです。私は若いころ水産高校を卒業後親父がガンで倒れたのを機に故郷に帰り漁師を7年しました。漁師は朝が早いという癖がそのまま公務員35年を含めた40年が経っても、未だに続いているのですから癖とは恐ろしいものです。でも朝起きるのが苦手というよりは「早起きは三文の得」という言葉通り、私はこの早起き癖で随分三文の得と徳を得てきました。

 毎朝起きてブログを書いたり、読書をしたり、親父の隠居へサロンパスを腰に張る作業など、今ではすっかり日課となっていることを、無意識のうちにこなして日々を過ごしているのです。

 先日私のそんな姿を見ている友人が私のことを、「不思議な男」といいました。何が不思議か尋ねたところ、①朝4時に起きて12時に寝る4時間の睡眠でよく体が持つなあ、②ブログを毎日2本も3年間続けてよく書けるなあ、③講演や会議をよくこんなにこなせるなあ、④奥さんがよく理解するなあ、⑤次々と常に新しいことをよくするなあ、と4つとも「~をよく~するなあ」と感心しきりでした。「私はこれが普通だと思っているので別に不思議な男とは思わない」と反論しましたが、「歳を重ねてもそのように毎日やることがあって生き生きと輝いて生きているように見えるあなたが羨ましい」とも付け加えられました。自分で当たり前だと思っていても人から見れば変わり者呼ばわりされる、人と違う生き方をしている人は私の周りにも沢山います。でもそれを自然体でやっている人にとっては、自分が普通で、周りの人が変わっている思うのです。私も当然自分では当たり前の生き方をしていると思っているのです。

 昨日丹原に住む旧友、ちろりん農園の西川さんに会いました。自然農法に近い暮らしを営む西川さんも周りから見れば変わった生き方ですが、変わったと思える今の農業は西川さんから見れば、おかしな生き方なのです。

私が開いている年輪塾の第1号塾生となった浜田久男さんも変わった人の部類かも知れません。浜田さんはご存知のように民俗学者宮本常一の信奉者ですが、浜田さんは「宮本常一を語る愛媛の会を立ち上げ、その普及のために宮本常一に関する本を購入し心ある人に送り続けているのです。私は浜田さんから読書の大切さを教えられ、毎日たとえ一行でも本を読むよう心がけるるようになったのです。自分だけが不思議な男にならず、人を巻き込んで感化するさせる術は私も西川さんも浜田さんにも共通することですが、それにしても私の周りにはこのような不思議な人が何と多いことか、このような不思議な人のおかげで自分の人生も随分広がってます。これからも当分は「不思議な男」といわれることに快感を覚えて、不思議な生き方をしたいと思っています。

  「友人が 私を評して 不思議だと いわれはてさて 何が不思議か?」

  「四時間の 睡眠だけで 生きている 私に妻が 不思議な人と」

  「歳とって 寝れないのでしょう いう人に 寝過ぎるあなた 既にぼけてる」

  「友人が 不思議な人と 形容す 嬉しい評価 浜田あなたも」

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○限界集落リレー講演会&映画会

 昨日は久万高原町で限界集落の研修会がありました。この研修会は県下3ヶ所で、しかも同じプログラムで行うもので、昨日の久万高原町が最初でした。今日は伊方町三崎、明日は愛南町でえひめ地域づくり研究会議のメンバーが実行委員会を組織してそれぞれ開くのです。結果的には人集めや会場選びなど開催地の人たちに迷惑をかける結果となってしまいました。それでも「限界集落」というテーマが愛媛県内の過疎地では、好む好まざるにかかわらず今日的テーマであるだけに、久万高原町の会場となった上浮穴産業文化会館には80人近くの人が集まりました。

(会館の緞帳)

 映画上映ができる会場ということででメインホールを使ったため、空席が多く少し寂しく感じられましたが、テーマが限界集落だけに余計情感をそそりました。

 映画は九州の寒川という集落が消えた村の物語で、離村前と離村、離村後の様子が豊かな自然の移ろいを織り交ぜながら上映されました。寒川の場合もご多分に漏れず、少子化による学校の廃校が引き金となって離村のスピードが上がったようでした。村に残りたいけど残れない悔しさがスクリーンから滲み出て、廃校跡で開かれた村の同窓会や専門家の話にも、行政の現場にいただけにリアルでした。大ヒットした映画「三丁目の夕日」と同じように、戦後からバブル期を同じように生きてきた私にとっては、身につまされるシーンが多く、少し涙ぐむ場面もありました。と同時に限界集落といわれる地域からやがて第二、第三寒川のような地域が出るのかと思うと、やり場のにむなしさも感じました。

 続いて熊本大学の徳野貞雄先生の講演を聞きました。先生とはもう何度も顔を合わせており、わが町のシンポジウムや人間牧場で開かれた逆手塾にも来ていただいているので、その話芸の巧みさには驚きませんでしたが、熱が入ると時間を忘れて話す悪い癖(笑い)(失礼)は今も健在のようで、講演が大幅に伸びてディスカッションの時間が殆ど取れずに終わって終いました。

(熱弁の徳野先生)

 先生の話では、行政の無責任な平成の大合併の罪は大きく重く集落にのしかかり、しかも行政は電卓でデータ的に限界集落を決めてかかっているようだと厳しく指摘糾弾しました。実際に限界集落と呼ばれる地域に入って現地調査をしてみると、限界集落の中には消滅するであろう集落と、近隣に出て暮らしている子どもたちとの交流もあって生き残る集落もあるので一概に電卓だけで決めつけることはできないと、調査の必要性も話されました。消える運命にある所には福祉を、生き残るところには地域づくりを支援することが大事だとも説かれました。

 この研修会には伊予市から日ごろ限界集落の勉強会にも加わっている人たちを含めた8名が参加しました。一緒の車で出かけ帰りましたが、行き帰りの車内での話は年代の違う人たちなので、さながら時間切れでできなかったパネルディスカッションのようでもあり参考になりました。

 限界集落をネガティブな問題ととらえるかポジティブにとらえるかは人それぞれです。地域住民の幸せを守る行政にはネガティブにとらえ、その解決に努力してもらわなければなりませんが、限界集落に生きる人たちにはポジティブに生きて欲しいと願っています。さて中間に位置する私たちはどういうスタンスで取り組めばいいのか、さしずめ限界集落の味方として、その解決のために行政にもの申す気概を持たなければなりません。そのためにはもっと限界集落の実態を詳しく研究する必要があるのかも知れません。

  「そういえば 何度か高知 行ったけど 久万を通らず 迂回の道を」

  「ひっそりと 静まり返る 久万の町 コスモス揺れて 秋の虫鳴く」

  「冷えるから 妻の助言の 背広着て 二三度低い 山里の風」

  「映画見つ 俺らも今に こうなるな ヒソヒソ話す 声も寂しく」

 

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○ダルマの夕日が見えました

 昨日は愛媛大学構内にある放送大学会議室で、11月22日・23日に行われる地域教育実践交流集会の第4回目実行委員会が持たれました。讃岐先生のたっての頼みとあって世話人の末席を汚すことになったため出かけました。讃岐先生が急病で欠席のため急きょ開会あいさつをといわれてあどえましたが、午後2時から2時間程度の集会を無事終えました。実行委員会に出席するまでに道後のにぎたつ会館に出かけ、鈴木さんと間近に迫った青年の船班長会の打ち合わせを行い、会議が終わると娘の家へ立ち寄って孫と少しだけ遊び、夕方家路へ急ぎました。

 私は夕日に狂った人間ですから、夕方になって太陽が西に沈み始めるとそわそわ胸騒ぎがするのです。昨日も例によって何となく気になり始めました。伊予市の市街に入った頃にはもう西の空が真っ赤に焼けていました。秋の交通安全週間でもあって余りスピードを出すこともできず、加えて前をノロノロ運転のもみじマークが走っているのです。結局三秋峠の坂を下った頃には夕日は沈んだようで諦めていました。

 ところが高野川の下り坂を下りると一気に視界が開け、海の向こうに今まさに沈まんとする夕日が見えました。とるものもとりあえず旧海楽園前の路側帯に車を止めて持参のデジカメラを取り出し戸外に出ました。何人かの人が車を止めて携帯電話のカメラで写真を撮ったり、見学していました。

 海と空を染め分けて沈む夕日はまさに「よっ、日本一」と呼ぶにふさわしい絵になる光景でした。この日は空気が澄んでいて、日頃は遠くて見えない山口県の島々や大分県国東半島の沖に浮かぶ姫島までくっきりと見えました。しかも水平線辺りに雲もなくダルマの夕日が見えたほか、最後の一瞬まで夕日を見ることができました。

 昔から私たちの地方では、「秋の夕焼け鎌を研げ」と言われるように、秋の夕焼けは明日の天気を約束してくれるのです。今朝はその予報も超大型台風の影響か幾分はずれ気味で、曇っていますが雨は心配なさそうです。

秋の夕日は夕焼け雲といわれる雲の美しさも絵になります。 これからイワシ雲や飛行機雲を夕日が染める風景が時々見えることでしょう。

 しかし上の写真と下の写真はまったく同じ場所で同じ時間に同じカメラで、しかも同じ人間が撮影したのに、ズームだけでこうもイメージが変わって写るのですから不思議な話です。私のカメラはかなり画素数の高いものらしいのですが、いわゆる普通のデジカメです。カメラマニアが持っているような一眼レフのカメラではないし、望遠機能も精度は高くないのです。ズームアップすると夕日がボケたりもします。でもカメラやメカに詳しくない私にはこれ位が丁度よいのかも知れないと思い使っているのです。

 秋は夕日のシーズンです。昔のように夕日を見ながら詩を作ったりしてみたいと思いました。

  「秋になり 自慢の夕日 昨日また ダルマになって 西の彼方に」

  「ああ今日も 幸せでした 夕日見え 心に何か エネルギー受く」

  「国東の 沖に浮かんだ 姫島を 夕日優しく 照らして沈む」

  「鎌を研げ 先祖は多分 夕日見て 明日の日和を 占ないおりし」

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○薬を間違えて飲んでいた親父

 毎朝の日課にしている散歩から帰って食事をしている親父の隠居を訪ねました。腕が器用な親父は大工さんに少し手伝ってもらつたものの、殆ど自分の力で居間の掘り炬燵を造り、ちゃぶ台も適当なものを再利用して使っているのです。今更ながら親父の生き方には頭が下がる思いがするのです。

 そんな親父のここ2~3日は傍で見ても明らかに様子がおかしく感じられました。眠たいのに寝れないというのです。交通事故で痛めた足の付け根の痛みも一向に引かず「わしもいよいよだ」とこぼすようになっていたのです。ところが今朝隠居に行ってみるとすこぶる上機嫌で顔色もよく食事をしていました。聞けば先日私が「足が痛いので診療所へ連れて行ってくれ」というので、診療所へ連れて行った折、痛み止めの注射を打ち、痛み止めの薬をもらって帰りましたが、その薬と一緒に枕元の薬箱に入れて、看護婦さんの言われるまま朝夕飲んでいたようです。ところが飲むと眠たくなる日が2~3日続くので、昨晩薬箱の中を開けて見ると、呑んだはずの痛み止めはそのままで、寝れない時に飲む安定剤が2錠づつ殆どなくなっているこに気づいたそうで、昨晩はその痛み止めを飲んだところ痛みも引いて、久しぶりにぐっすり寝たそうなのです。

 安定剤は眠り薬です。痛み止めならぬ眠り薬を朝夕飲んでいたのですから眠たいはずです。今朝は親父に「薬は気をつけて飲まないと薬が毒になる」としっかりと大きな声で話をしてやりました。そして痛み止めをちゃぶ台の上に置いてマジックインクで赤く塗り、「痛み止め」と書いてやりました。薬箱から安定剤を取り出して見ると、親父が言うように確かに薬の姿形は同じようなので、間違うはずだと思いました。

 正露丸くらいしか薬を飲まない私に比べ、親父は病院へ行く度に薬をもらい、安定剤だの血圧の薬だの色々飲んでいますが、よく間違わずに飲むなと感心して見ていましたが、これからは薬の飲み方も少し注意してやらないといけないようです。

 今の病院は正直言って薬を出し過ぎます。しかも一応聞くには聞くのですが、それは儀礼的でどこの病院でどんな薬を処方されているか、年寄りに聞いても耳が遠く、しかも何の薬をどのくらい飲んでいるかなど即答できないのです。そのために家族がいるのですから病院や医師を責めることはできませんが、薬は使用方法を間違えれば毒になることを教えてくれました。

 隠居で暮らしているとはいえ同じ敷地に住んでいる安心感が親父にも私たちにもあって、聞こえの良い在宅介護をしていますが、認知症も殆ど感じられず、むしろ自立型高齢者の親父の面倒は余り気にもせず暮してきましたが、いよいよ介護の必要性を痛感しました。

 やがて行く道だと思えば、親父の加齢による衰えはわが身のこととして考えなければなりません。90歳の今日まで長生きし、介護も必要としなかった親父なので、これから10年はしっかりと向き合って暮らしたいと思うのです。

  「間違って 違う薬を 飲んでいた 笑い話で 良かったものの」

  「薬箱 大事小事に 保存して 賞味期限が 過ぎたものまで」

  「絶対に 医者の言うこと 守ってる 信じて飲むと 効いた気分に」

  「あの医者が いるから今の 健康が 信じて通う 七キロの道」



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○自悠くらぶ原稿執筆一周年

愛媛新聞社が運営する【自悠くらぶ】というサイトに「人間牧場だより」という記事を書き始めて昨日でちょうど一年になりました。記念すべ第1号の記事は昨年の9月26日付で、「夕日は今が旬」という見出しで書いたのです。以来バックナンバーを調べてみると、確実に毎週1本のペースで記事を書き、事務局宛に送り続けてきたのです。私以外の人は月に2本、つまり2週間に一本ですから、私は普通の人の倍も書いた計算になるのです。バックナンバーを振り返れば次のような見出しが載っています。

 夕日は今が旬・秋には秋の花が咲く・風呂が恋しい季節です・手づくり遊び道具・星がきれいです・今年はイノシシに勝ったぞー・木になるカバン・心のリフレッシュ・落語ならぬ落伍の高座・ふるさとの秋は素晴らしい・夕たけこやけライン・キツツキ捕獲・田舎のオープンカー・子どもと一緒に土作り・枯葉を土にする・田舎暮らしは楽しいよ・暖かい薪ストーブ・ブルーベリーを植える・葛原しげるの生家の前で・首切り大根・春の訪れと障子の張り替え・木登り・日本一の朝日を見た・日本一の夕日・菜の花ウォーク・「サツマイモ命のリレープロジェクト・めでたく卒塾・赤トンボ先生・4つの道具を手に入れた青年リーダー塾・似顔絵の名刺・石積み・人間牧場でのトラブル・えっ「うどんの花が見てみたい」だって?・「みかんの花咲く丘」・「恋人の聖地」に認定される・人間牧場でサツマイモ植え・「ほたるこい」・ジャガイモとタマネギの収穫・「恩人」への恩返し・カブトムシの幼虫・「恋人岬」で結婚式・丸木舟との出会い・友あり遠方より来るまた楽しからずや・漁師さんのストライキ・源流を探る・年輪塾始まる・エイズキャンペーンイベント・トマトとトンボ・卒寿を迎えるおやじへのラブレター・人間牧場の芋畑に非常事態宣言・夕焼けプラットホームコンサート・県内最古の木造校舎がある翠小の運動会・田舎の青年団が消えちゃいました。

 私は年間や月間の計画を立てて書く訳ではなく、その日の思いつきで書くので、ざっと拾い出してみるとまあ実に多彩なエッセイ風の文章が書かれているようです。掲載された記事はプリントアウトして一冊に綴っていますが、この文章だけでも一冊の本になるくらいの量なのです。

 元々このサイトは定年で第一線を退いたシニア世代を対象にしたものなので、執筆の内容も定年後のライフサイクルをいかに楽しく健康に生きるかがテーマですから、その年齢の真っただ中にいる私の生き方そのものがモデルだと思って書き始めました。既に私の記事を読んだ何人かの人からメールをもらい、私の講演会を聴きに来たり、人間牧場まで私を訪ねてきたりして、交流の輪も広がっていて、さすが情報社会だと感心しています。

 さてこの連載はいつまで続くか?、それは運営する人でないと私にも分かりませんが、2年目は少し視点を変えた切り口で迫ってみたいと腕まくりしているところです。

  「エッセイを 四十八本 書きました 駄作と笑う 声は聞こえず」

  「読んでます 突然メールに 戸惑って 返す方法 訳も分からず」

  「一年は あっという間に 過ぎました 来年この頃 同じ思いに」

  「締切は 四日前だと 分かってて その日過ぎねば 記事が手詰まり」 

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○種まき

冬野菜の植え付けのシーズンとなり、わが家でも大根に続いてカブやチンゲンサイなどの種を播くべく、少しの時間を見計らって今朝、地ごしらえをしました。親父は既に何日か前に畑の夏野菜の残骸を処分したり、野菜の垣を取り除いて耕運機をかけ中耕を終えていますので、地ごしらえといっても溝切り用の鍬で畝を作るだけなのです。

 一週間前に播いた大根はすでにわき菜ができるほど青々と成長し、今年も豊作の予感です。実は昨年もこの時期まではいい成長でしたが、台風の風が大根の葉を揺らせて散々な目に遭いました。この時期はそろそろこちと呼ぶ東の風が吹き始める頃なので、それまでに大根の根が土中深く根付いてほしいと願っています。

 私が作った3つの畝は冬野菜なので少々広くしました。そして三列にするところを2列にしたのでかなりゆっくり目です。私の作った畝に親父は草削り用の鍬で小さな溝を掘り、そこへ小さなミクロ種を落として土を被せて行くのです。早生のカブと晩成のショウゴインカブを2列ずつ播き、さらにチンゲンサイを2列播きました。最初の早生カブは種の数が余るほど多買ったのですが、ショウゴインカブもチンゲンサイも上手く配分して少々濃いくらいに播きました。

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○コミュニティの再生は可能か

 昔私の町の議員さんがコミュニティという言葉の意味について、ちょっとしたハプニングを起こしました。コミュニティだのアメニティだのと、当時流行語になった横文字言葉を、意味も知らぬまま格好いいからと思って一般質問で使ったものの、答弁に立った町長さんから「聞き慣れない言葉ですが質問の中にあったコミュニティとは何ぞや、アメニティとは何ぞや」と、逆に質問されたのです。戸惑ったその議員さんは「コミュニティやアメニティも分からないでよく町長が務まりますね」と、声を荒げ強がって見せました。そしてコミュニティはコミュニティで日本語には訳せません。アメニティは飴を食べてお茶を飲むゆとりのようなものです」と答えました。他の議員さんも町長さんはじめ理事者も、本当の意味を知らなかったので、「なるほど」と感心しその場は終わりました。

 議会が終わって私の所に町長さんと議員さんから相次いで電話がかかりました。町長さん「若松君お願いがあるのだが、コミュニティとアメニティの本当の意味は何か知りたいので、助役や総務課長に聞いたが分からないという。ちょっと町長室へ来て説明してくれないか」というのです。私は物知りほどではありませんでしたが、早速町長室へ出かけて二つの意味を町長さんにレクチャーしました。

 ところが町長室を出て席に帰ると、さっき一般質問した議員さんが私のところに来ているのです。その議員さんは小声で「若松君、コミュニティとアメニティの本当の意味を教えてくれないか」というのです。私は先ほど町長室で町長さんに話したと同じように話してあげました。町長さんはにやりとし、議員さんは安心していましたが、コミュニティやアメニティという言葉を聞く度に当時のふたりの姿を思い浮かべて苦笑するのです。

 あれからかなりの年数がたちコミュニティやアメニティという横文字言葉はすっかり日本語になりましたが、はてさてその意味を正しく理解して話しているかといえば未だに疑問が残るのです。

 コミュニティ【community】とは、「居住地域を同じくし、利害をともにする共同社会。町村、都市、地方など、生産、自治、風俗などで深い結びつきをもつ共同体。地域社会」と訳されますが、はてさてそのイメージをある人は集落だと思う人もいれば小学校区若しくは中学校区だと思っている人、ある人は合併前の旧市町村だと思っている人もいるようです。

 昨日の夜、伊予市生涯学習推進委員会の研修会が開かれ「地域コミュニティの活性化」について講義を頼まれて出かけました。参加者は公民館に関係する人が殆どで、顔なじみの人ばかりでした。私はまずコミュニティには地域コミュニティとテーマコミュニティがあることをお話ししました。地域コミュニティは公民館活動そのものですが、過疎や高齢化、学校統廃合などで今公民館が危ない話をしました。テーマコミュニティはまちづくりそのものですが、合併によって地域課題を解決する糸口が埋没しつつあるのです。行政は協働と参画や住民自治を進めるために、公民館をコミュニティセンターに改組し行政直結の自治センターにしようと目論んでいて、全国各地にその嵐が吹き荒れているのです。これは行政が教育の中立性を無視した非常に危険な行動であると思うのです。しかし残念なことに予算権のない教育委員会はそのことに気づいていても反論せず、行政は「住民自治」という言葉をふりかざし、なし崩し的にコミュニティ行政は走り出しているのです。

 教育行政は大きく分けて指導者養成、指導助言、条件整備という3つのことを主な任務とします。特に条件整備は施設設備を整備するハードもさることながら、地域住民の生涯教育を推進する住民組織や機関をしっかりと整備するソフト面も必要です。住民活動を導く教育行政のゆらぎが気になる今日この頃です。

  「公民館 長い歴史に 培われ なのに社会の 荒波翻弄」

  「コミュニティ 意味も分からず 行く先も 分からぬままに 議論ばかりで」

  「一人から 始める教育 一人へと 広げて行けば 案外簡単」

  「俺だって 社会教育 恩がある 恩を返さず 死ぬわけいかぬ」

 

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○足腰の不調

 最近各地区の公民館にお邪魔して気がつくのは、畳の部屋が次第に少なくなって、改造もしくは新築だと、板張り板間の部屋に机と椅子の置かれている洋風化が目立つようになってきました。その理由は二つ、ひとつは日本人の暮らしが洋風化されたこと、もうひとつは高齢化が進んで、足腰に不調を訴える人が増えて、長時間正坐や胡坐に耐えられなくなったためのようです。

 私たち日本人の寿命は驚くほど伸びて、今や世界一の長寿国になりましたが、寿命が伸びたことを手放しで喜べない新たな問題も発生います。そのひとつが老化です。人間は加齢とともに殆どの人の体に老化現象が起こってきます。特に脳の老化は認知症となって表れてくるのです。ひょつとしたら私も軽い若年性認知症ではないかと思うくらい、少し記憶力が減退し、過去のことを忘れて思い出せないばかりか、列車内に傘を忘れ時には持って出かけるはずの携帯電話を、机に置き忘れて外出することだってあるのです。妻はそんな私を見て「おとうさんもいよいよ軽い認知症の症状が出始めたのでは?」と危惧するのですが、自分ではどうすることもできず、やがては妻や家族に迷惑をかけるかも知れないと思うと、近い将来の自分が心配で仕方がないのです。

 もうひとつは加齢による体力の衰えです。毎日散歩やジョギングを欠かさず行い、スポーツに親しんで体力づくりに余念のない友人に先日会いましたが、健全な精神は健全な体力に宿るようで、実に生き生きとしていました。ところが逆に私と同年代なのに気力も体力も衰えて、既に老いの境地に入っている人もいるようです。その人の話だと将来への希望もなくただ一日が過ぎていくようで、家族や奥さんからも疎んじられ一日がとても長く感じると訴えていました。そしてこの人は最近膝と腰の不調が気になって、ヒアルロンサンを愛飲しているのだそうでした。最近は高齢化による足腰の不調に対応したサプリメントが新聞や雑誌の広告欄を賑わせていて、そのサプリメントで足腰の不調が治った喜びの話が実名や仮名で紹介されているものですから、いっそ自分もと思ったに違いないのです。

 しかし世の中それほどうまい話はないのです。高いやせ薬を飲んで健康を害した話は五万と聞きますし、健康にいいと信じて飲んだサプリメントがとんでもないもので、肝臓を冒した話も聞きました。

 わが家の親族は親父が90歳、以下生存している叔父や叔母も体の不調を訴え、誰かが入院しない年はないくらいになり、先日も叔父の葬儀に集まった叔父叔母を見て「高齢化社会」を実感しました。しかし老いと体力や気力は必ずしも一致しないことを90歳になる親父を見て思うのです。親父は12人兄弟の長男でありながら、3人の弟は先にあの世へ旅立ち、妹たちも既に老域に達して衰えが目立ち始めています。その点親父はそれなりに体力づくりを行い、毎朝の散歩や畑作業で汗を流しているためか、なんだかんだと言いながら元気に過ごしています。親父の歳まで生きるならまだ26年も生きなければなりません。いまのうちに気力と体力のバランスを整える術を親父から伝授してもらい、ニコ・ピン・コロといい人生を生きたいものです。

  「九十の 親父生き方 教えてる 気力体力 心ひとつで」

  「薬より 食べ物運動 心がけ 背筋伸ばして 今日も元気だ」

  「同じ歳 そうは思わぬ 友と会う 俺はまだまだ あんなにならぬ」

  「年寄りが 主役の各地 公民館 頑張れ俺も 応援するから」 


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○秋雷

 春先、冬から秋へと季節が変わるころにゴロゴロ鳴る雷を春雷といいますが、まだ残暑が残るこの時期の今朝方、激しい雷雨が降りました。昨晩の天気予報の天気図を見ると前線が四国を通過する予定だったので、妻に洗濯ものを取り込み、窓を閉めておくよう注意をしていたため、夜中に驚いて起きることもなく朝を迎えました。

 しかし今朝の雷は午前2時ころから明け方6時ころまで続き、しかも大きな音だけでなく稲光は光る度に真っ暗闇が一瞬昼になってのではないかと思われるような明るさでした。私は雷や稲光はさして怖くはないのですが、一緒に寝ている妻は怖いと言って布団を頭から被って寝ていました。そんな眠れない夜を過ごしたため妻は朝の寝起きが悪く、午前7時まで寝ていました。ゴミを出し、今日はペットボトルを出す日なのでトラックで役場裏の所定の場所に持って行ってから食事をしましたが、妻が「お父さん、この時期の雷のことを何というの」といのです。私は春雷があるのだから秋雷というのだろう」とあてずっぽに答えてしまいました。しかしパソコンで「しゅうらい」と入力しても画面に秋雷という文字は結局出てこず、どうやらないようです。

 少し激しかった雨や雷もやみ家の周りは元の静けさに帰りましたが、雷の影響が残っているのか、テレビの映りが少し悪いのに気が付きました。私の住んでいる地域は海に流れている川に沿った場所にあり、いわば谷間のような地域です。そのためテレビの電波は山によってさえぎられて中々届かない難視聴地域なのです。そのため40年も前にみんなが共同出資して山の上に共同アンテナを立てました。それ以来難視聴は解消されましたが、雷に弱く今朝のように時々電波が乱れるのです。その度管理している地元の電気屋さんに連絡して修理をしてもらうのですが、今回は落雷が原因ではなかったようで、すぐに復旧したようです。

 さてこの共同アンテナはアナログからデジタルに変わる時には一体どうなるのだろうと、ふと思いました。衛星放送の時も受信できるようになったので、今回も対応するものと思われますが、わが家のテレビも画面にアナログという文字が表示されるようになって、いいよ時代遅れの感じがするようになりました。時代の流れについて行けない初老の身には、時代の流れの速さが少々気になるところです。

 今朝何を思った丘のか妻が「お父さん雷が鳴ってる。パソコンのコンセント抜いてるの」と聞くのです。急いで飛び起きて書斎に入りチェックしてみましたが、コンセントは無意識のうちに抜いていたようです。私のパソコンはOFFにしても消費電力でいつでもスタンバイできるようになっているのですが、息子や娘婿のいうのには、使わない時はコンセントを抜いて休めておいた方がよいというので、その都度抜くようにしています。でも面倒くさくてついつい忘れがちになり、先日も長旅で留守中ずっとコンセントを抜かずにいてあわてました。

 わが家のあちこちには様々なスイッチがあって、気がつけばたとえ留守でも消費電力が流れているのです。エコ的な考えからすると、24時間通電しなければ用をなさない冷蔵庫は別として、これらのスイッチランプはとても気になるのです。便利さに馴れて気付かなかったこれらの無駄や環境への影響を、今一度考えてみたいと思いました。

  「雷が 悪戯をしつつ 去って行く パソコン無事で ホッとひと息」

  「自然とは 偉いもんだと あらためて 思う閃光 昼の明るさ」

  「雷は 何匹いるの? 尋ねられ 孫の質問 答えられずに」

  「春雷が あるから秋雷 あるはずと 探したものの 熟語出もせず」

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