人間牧場

〇25年目の集会

 私は若いころ病気が元で双海町役場に勤めるようになり、その駆け出しは教育委員会で公民館主事を13年間しました。日本一の公民館主事を目指した13年間の間には6年間も愛媛県公民館連絡協議会(現連合会)の主事部会長として、全国を舞台に活躍をさせてもらいました。その裏側にわが人生一生の恩人である中田豊教育長と、岡島明夫県公連会長の心温まる支援があったことは、忘れることが出来ないのです。
 その恩人二人も既に他界へ旅立っていますが、昨日は岡島さんが初代会長として設立した公民館OB会「公友会」の秋の勉強会が松山の中華料理店白魂で開かれました。懐かしい顔々が集まるこの会には私もこれまでスケジュールが許す限り出席していますが、今年も1ヶ月前に通知をいただいたので予定を変更してもらい出かけました。

 

楽しい語らい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

飲むほどに酔うほどに

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 11時15分からの会合にはシトシト降りの雨の中を、10人ほどが集まりました。去年の春の勉強会はわが人間牧場であったので20人近くが集まりましたが、今回は秋の活動シーズンなので人数は少なかったものの、懐かしい人に会い旧交を温めることができ、嬉しい集会となりました。
 秋の勉強会は総会を兼ねていて、決算や予算、事業報告や事業計画などが承認されましたが、会長である旧魚島村の佐伯真登元村長さんから会長を退任し更新に道を譲りたい旨の提案があり、讃岐幸治愛媛大学名誉教授から古い人と若い人に人脈のある若松さんに会長を」と提案があり、はからずも雨天の霹靂で3代目の会長に就任することになりました。固辞する理由も見当たらないし、25年前この白魂で公友会は産声を上げていて、8月には初代会長の岡島さんが亡くなっているので、すんなり引き受けることにしました。私の提案した副会長に南予大洲市長浜の菊地邦求さん(欠席)と、東予上島町生名の浜田善仁さんを選ばせて貰いました。これまで会長以外役員がいなかった、どちらかというとこの指止まれの会でしたが、これで少しでも公友会を守り立てて行ける体制が整ったようです。早速今日明日にでも旧友の菊地さんに電話を入れて、了解を取り付けたいと思っています。

楽しい先輩や仲間たち
 

 もとよりこの会はOB会なので飛躍的発展をが望めるようなグループではないので、会員自らの鍛錬と楽しみ、それに現職への支援と交流による意思の伝授が大きな役割だと思っています。何が出来るか分かりませんが、一石を投じる気概で頑張りたいものだと思っています。
 私にとって公民館は、私を育ててくれた大恩人であり、恩返し活動は私のこれからの人生そのものなのです。しっかりと腹をくくってお役に立ちたいと思っています。当面は公友会「若手10人衆」を組織したいと考えています。そして若手10人衆で何らかのアクションプランを実行したいと思っています。ただし若手とは年齢要件ではなく心の若さであることも付け加えておきたいと思っています。古い傷をなめあう会も大事ですが、プラスワンの行動が出来ればもうおんのじです。
 現職の時あれほど燃えた仲間たちが、年月とともに何故火が消えたようになるのか、不思議といえば不思議です。歳は誰でもとります。でも大切なのは心の若さなのですから、今一度自分の心の中に潜むもう一人のかつての自分を探し出し、もう一分張り頑張ってみましょう。(長年行動を共にしてきた讃岐先生が、愛媛県教育文化賞を受賞されることが決まりました。おめでとうございます。)

  「はからずも 会長就任 推挙受け 断わる理由 見つからずして」

  「少しでも 恩を返して 生きたいと 決意新たに 就任の弁」

  「財力を 持たない会は 知力しか 発揮が出来ぬ 底力ある」

  「産声を 上げた昔の 会場で 二十五年ぶり これも因縁」

 

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