人間牧場

〇ものづくり生命文明シンポジウムin西予市(その3)

 シンポジウムの二日目は会場を愛媛県歴史文化博物館に移して行なわれました。皆さんは前泊のJALホテルからバスでの出発でしたが、私は前夜商談?が成立したギノー味噌の田中社長さんから、お味噌を受け取るために7時半に家を出て、松前町のギノー味噌へ向かいました。田中社長さんは8時の約束をたがわず荷物を準備してくれていました。荷物を受け取った後急いで自宅へ引き返し、私の荷物を積んで夕やけこやけライン~長浜~大洲(国道56号線)~西予市と走り、9時半には会場へ到着です。
 前日もそうでしたが、えひめ地域政策研究センターの研究員の皆さんが実にかいがいしく裏方に徹して働いていただいてくれたので大助かりでした。

シンポジウムの資料

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シンポジウムの内容を知らせる愛媛新聞の社告と内容
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 この日のプログラムは3部に分かれていて、「森・海からの日本再生:漁師は海を恨まない」という畠山さんの講演、畠山さん、安田先生、それに不詳私による「森里海で生きる」という鼎談、南予の高校生と語る「南予のくらしに確かな未来がある」というディスカッションでした。会場には高校生を含めて250人もの人が集まり、ほぼ満席でした。
 私の出番は鼎談でしたが、畠山さんと安田先生への進行役に徹したため、私の話は余りしませんでした。お二人の話の内容概要は昨日の愛媛新聞に掲載されていました。約40分という短い時間の鼎談でしたが、お二人の話には今回のシンポの本質に触れる話が随所にちりばめられていました。
 嬉しいことに私の仲間が沢山参加してくれていました。中には私の恩師である城川の西岡先生もわざわざ来ていただき、久しぶりに旧交を温めました。
昨日の愛媛新聞5面社会覧に掲載された鼎談の内容
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  交流会は宇和パークでした。二日目の交流会も大いに盛り上がり、私も用意してもらったノンアルコールのビールを飲んで、すっかり酔った気分になり、レクチャーや出し物にハーモニカまでリクエストされ汗顔でした。交流会では最前列に私と畠山さんの席を対面で用意いただき、水産高校の思い出のこと、唐桑のこと、震災のこと、家族のことなど深い話を対話する機会が持てて、本当によかったと思っています。畠山さんは昨日の一番の飛行機で帰るため、早立ちで岸本さんと松本さんが空港までお見送りをしたようです。
 
 交流会後の夜は長く、相部屋となった渡辺浩二さんと久しぶりに水入らずで深夜までお話をすることができました。渡辺さんは私がバトンを渡したえひめ地域づくり研究会議の代表運営委員です。研究会議のこれまでと今、これからの活動、職場のこと、仲間たちの消息、家族との向かいあい等、私の心を心行くまで満たしてくれました。軽い吐息やいびきを感じながら深くも浅い秋の夜長を楽しみました。
 今回のシンポジウムはえひめ新聞社の武田さんと浅野さん、えひめ地域政策研究センターの研究員、それに渡辺さんが黒子に徹してくれたお陰で何とか成功しました。私は出番もあって運営には深く関わりませんでしたが、責任者として心を痛めた岸本さんの心労も大変だったのではないかと慮るのです。高校生から事前にアンケートをとり意見を集約した南さんの下支えも見事で、今回のシンポに高校生を加えた作戦は大成功だったようです。
 
  「念願が 叶って会いたい 人に会え 深いご縁を いただきました」
  
  「いつの世も 表と裏に 人ありて 裏人黒子 いてぞ成功」
 
  「頑張って いるから来たぞ 恩師言う 差し出す握手 私オロオロ」
 
  「秋夜長 仲間と枕 並べつつ あれやこれやと 思い出話」
 
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