人間牧場

〇孫たちの秋祭り

 今日から私たちの町は秋祭りです。孫が通う上灘保育園では秋祭りを盛り上げようと手造りの神輿を担いで町内に繰り出したようです。私はあいにく東京から来たお客様の対応に追われ、見る機会を逸しましたが、9時半に保育園を出発した神輿はビデオやデジカメを持ったお母さんたちを巻き込んで長い行列を作り、地域事務所や氏神様である天一稲荷神社を経て短いながら町内を練り歩きました。
 年上の保育園へ通う孫希心を朝送って帰ると、年下の孫奏心もお母さんに法被を着せてもらい準備をしていました。聞けば保育園の園長さんが来年入園するであろう孫奏心に一緒にお神輿の列に加わるようお誘いがあったようです。過疎地で人数の少ない田舎の保育園ならではの配慮ある言葉に、孫も息子嫁もその気になって準備をしたようです。

法被も凛々しい孫奏心

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 昨日の夕方外出先から帰ると息子嫁がデジカメで写した神輿守の写真を見せてくれました。カメラがいいのか腕がいいのか、私より数段上と思えるリアルな写真を何枚も撮って親馬鹿ぶりを発揮していました。しかし肝心の孫の写真はほら下の写真のような作品にしか仕上がっていませんでした。まあこれもご愛嬌です。

 

男前の顔が台無しな孫希心君

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  今年は秋祭りと土日が重なっているため、孫たちは大喜びですが、小学生や中学生は平日だと秋祭りは休みのため、一日損をしたと嘆いていました。今夜辺りには娘の家族もやって来て、一段と賑やかな週末になることでしょう。
 
 わが家が鯛網漁師をしていた昔は、双和台という漆塗りの台の上に大きな鯛の活け造りが所狭しと並べられ、多くの親類縁者が集まって、夜の更けるのも忘れて延々と酒盛りが続いていました。思えば古きよき時代だったと思い出すのです。双和台も漆塗りの食器類も私の代になると使うこともなく倉庫の奥にしまわれていて、もう日の目を見ることもないであろうと寂しく思うのです。
 今日の夜は宵宮で子ども神輿が、明日は早朝宮出しした大人神輿と子ども神輿が、また両谷の獅子舞が繰り出し、賑やかな中にも大漁と五穀豊穣を願う神々の祭りが行われることでしょう。
 
 奇しくも昨日、長年漁師をしていた私の叔父と叔母が漁業を廃業することになりました。腰の具合が今一で入院手術をしたものの、その後の経過が思わしくなく、70歳を迎えたのを機に決断したようです。叔父は私の親父の元で長年漁師として修行し、親父が病気で漁師を辞めてからしばらくは私が船長をつとめた若吉丸に乗って片腕となって働いてくれましたが、その後独立して腕の良い漁師として働きました。50年余りの間には師匠である親父とともに、県外出漁で伊豆半島まで行き、辛酸をなめて頑張りました。私と3つ年齢が違っていますが、下灘中学校のPTA会長を務めるなど、多方面でも活躍して、私のよき兄貴分として相談にも乗ってくれました。
 これからはゆっくり骨を休めいい老後を叔母といっしょに過ごしてほしいと願っています。ご苦労様でした。
 

  「秋祭り 孫も神輿に 連れ添って 神社参拝 町中歩く」

  「息子嫁 撮ったつもりの 写真には どれもずっこけ どうしてこうなる」

  「五十年 越えて漁師を した叔父が 体の都合 悪くリアイア」

  「一年中 魚供給 してくれた 叔父が廃業 魚が食えぬ」

 
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