人間牧場

全国過疎問題シンポジウム2011

 昨日と今日の2日間、西予市宇和文化会館を中心に全国過疎問題シンポジウム2011が開かれています。私は1日目の昨日の全体会に出番があって、その会に出席する伊予市役所地域事務所の松本さん富田さんと同行し出かけました。昨日は朝から雨が降りあいにくの天気でしたが、交流会が終って帰るころには満月に近い綺麗な月が出て、その月とランデブーしながら帰りました。
 私の出番はパネルディスカッションです。4日前西予市にある歴史博物館でものづくり生命文明機構のシンポジウムがあったばかりで、その興奮も冷めやらぬ日だったため、同じ壇上に上がる三好西予市長さんとも、和やかな会話を交わしました。
 この日私と同じシンポジストに名を連ねていたのは、大分県おおやま夢工房取締役総支配人の緒方英雄さんで、もう30年を越えた古い友人との再会を楽しみにしていました。もう一人岩手県陸前高田から来られた、八木澤商店会長の河野和義さんがいました。私はこれまで直接会っていませんが、聞けば先祖は河野水軍とか、先日お会いした宮城県気仙沼の畠山重篤さんと深い親友とか、早速名刺交換の後河野さんが畠山さんに電話して、私も畠山さんと通話しました。私の人となりを畠山さんから聞き出していたようで、私をステージで愛媛の三奇人などと紹介し爆笑を誘いました。

過疎シンポの資料パンフレット

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

パネルディスカッションの登壇者

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 町づくりプロデューサー福井功さんをコーディネーターに、「過疎地域の底力~地域再生への新たな決意~」というテーマのもと約80分の短い時間を大いに語りました。先日も昨日もパネルディスカッションやシンポジウムにパネラーやシンポジストとして参加するのですが、登壇者が多過ぎる、時間が短過ぎる、一人ひとりの話が長過ぎるといった理由で、議論や討論がかみ合わないまま食長気味で、不完全燃焼のまま尻切れトンボで終ってしまうのです。昨日もその典型的なパターンで、時間を20分も大幅に延長してしまいました。時間が過ぎても会場から意見を拾おうとフロアーに発言を求めていましたが、その発言がたまたま私に指名されてしまいました。「時間が過ぎていますので会が終ったら話しましょう」とサラリ流した私の反応に大きな拍手が送られました。
 私は常々時間を守ることを自分に言い聞かせています。討論でも講演でも5分間超過すると興ざめするのです。その点では内容のあった議論でしたが大いに反省すべきことだったように思いました。
 
 交流会は500人の参加者のうち200人ほどが出席して文化会館二階の中ホールで行なわれました。海の幸山の幸がふんだんに並んでいるものの、名刺交換の波が絶えず、この日も50枚以上の名刺が飛ぶように売れました。この分だと裏が味噌の私の名刺は予想をはるかに超えるスピードでなくなる運命にあります。今日はギノー味噌の田中社長さんと大分の緒方さんとの面談も昨日の夜の交流会の席で急遽セットしたので、田中社長さんに言い訳をしなければならなくなってしまいました。
 それにしても裏が味噌の名刺の人気はうなぎ上りです。昨日の交流会でいきなり岐阜県白川村の村長さんが名刺を交換しながら来年1月に講演に来て欲しいと、藪から棒に頼まれました。嬉しい限りですが予定表を持ち合わせていないので、「後で連絡します」ということでその場はお茶を濁しました。来年の予約もそろそろといった感じで、まだまだ「生き場所がここにもあった屋根の草」のようです。
 東温市からどぶろくを売りに来た人たちの土ボロ苦を宣伝したり、大挙した県議会議員先生の真摯な学習風景をステージから持ち上げたり、なにやかにやと話題の多い一日でした。
 
  「時間ない パネラー多過ぎ 長話 議論もできず いつもどおりに」
  
  「裏が味噌 私の名刺 大人気 大会ある度 売れ行き好調」
 
  「講演に 来てくれないか 村長さん 藪から棒に 嬉し招聘」
 
  「役職も 肩書きもない 私ゆえ 値打ちは一体 首をかしげる」
 
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