shin-1さんの日記

○いつの間にか

 先週までは「朝晩はまだ寒いねえ」と朝夕の挨拶を交わしていたのに、いつの間にか季節は進み、「いい季節になりましたね」と会話を交わすようになりました。近くの畑からは忙しげな草刈機の音が聞こえ、昼間はもう初夏のような陽気で、屋外の駐車場に止めていて車内に入ると熱気ムンムン、思い切って窓を開けて走ったり、冷房をかけないと汗だくで走れないような時さえあるのです。

 寒ければ夏を思い、暑ければ冬を懐かしむのは世の常ですが、冬にトマトを食べ、夏にみかんを食べるなど暮しに季節感のメリハリが無くなったのも事実です。そんな時代だからこそ旬のものが食べれる今は、嬉しい季節かも知れません。近所からは筍やワラビ、フキが沢山届き、妻は手先をアクで染めないように薄いビニール手袋をはめてせっせとあく抜きに追われています。というのも妻は近所の歯科医院にパートといいながら勤めているので、手先を汚すわけにはいかないのです。最近は近所の人もそんな台所事情を知って知らずでか、筍もワラビも茹でて灰汁抜きをしたものを持って来てくれ大助かりだと妻を喜ばせています。

 昨日は立ち寄り程度人間牧場へ行ったので、牧場内に生えているツワブキを一束収穫して帰りました。最近は私の性格が優しくなったのか、若い頃だったら考えられないような行動をします。このツワブキの皮を剥ぐ作業を一人でしました。台所の台の上に新聞紙を広げ小さなバケツに水を張って皮を剥いだものを入れて行くのです。普通だと中々剥げない皮が、昨日はどういう訳かスムースに剥げて、20分程度で終わって、昼食に帰った妻を喜ばせました。

 「お父さん、今晩はこのツワブキを魚と一緒に煮付けて、貰ったワラビ、筍、シイタケ、それに北海道の船木さんから貰ったホタテの貝柱干物を入れて山菜御飯にしようかね」と言うのです。私は子どもの頃から炊き込みご飯やカレーのような交ぜたご飯が大嫌いでしたが、結婚以来四十年近くが経つと、妻の嗜好に飼い慣らされたのか、お陰様でいつの間にか何でも食べるようになりました。

 昨夕は午後6時から双海町の少年少女おもしろ教室の実行委員会が支所で開催されるため、妻は一人だけの寂しい食事のようでしたが、その会合が一時間ほどで早く終わったので食事に間に合い、具沢山な山菜御飯を二人で食べました。食卓には一昨日大洲の亀本耕三さんが持参してくれたタラの芽の天ぷらも出て、田舎では当たり前の食卓ですが、都会だと豪勢で贅沢な料理に二人舌鼓を打ちました。



 いつの間にか近所の畑ではもう緑色の麦の穂が出揃い、低く飛ぶツバメの姿も見えるようになってきました。麦の穂を見る度に亡き母親の姿が思い出されます。私の育った戦後は食料難でどの家もサツマイモや麦を貴重な食糧として段々畑に植えていました。冬の寒さの中で麦踏をさせられました。伸びようとする麦を靴で踏んで行くのですが、これが子どもの私にはどう考えても理解できませんでした。「麦はこうして踏みつけると足腰が強くなって倒れない丈夫な麦が育つのだ」といわれても・・・・・・。今は機会で踏み潰すのだそうですが、青麦には母への思いが募ります。もう来月には麦秋へと変化するのでしょうが、いつの間にか季節は猫の目ほど少しずつ動いているようです。

  「いつの間に 麦穂出揃い 青々と 季節巡りて 風景変わる」

  「山菜の 焚きたてご飯 二人して 美味しい連発 感謝をしつつ」

  「オニグイの 苦味舌合う 年齢に なった二人に 老域近し」

  「わが家では 只今山菜 花盛り 指折り数えりゃ 十指ほどなる」

 

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