shin-1さんの日記

投稿者: | 2007年8月11日

○二十年ぶりに泳ぎました

 町の名前に海という字があるほど海の町なのに、何故かこの20年間に1回も泳いだことがないのですから不思議と言えば不思議な話です。しかも県下屈指の海水浴場であるふたみシーサイド公園を造った張本人なのにです。まあ昔から紺屋の白袴というように、ご本家とはそういうものなのでしょう。

 今日は今年の夏、足が痛くて病院通いして海水浴を止められていた孫に病院からお許しが出たので、午前10時にシーサイド公園へトラックで出かけました。ところが駐車場は午前中だというのに砂浜サッカーのイベントをやったり海水浴で早くも満車でまったく止めれないとのこと、仕方がないので役場裏の駐車場まで引き返して駐車、暑い夏の日差しが照りつける中を孫と二人で歩いて砂浜まで行きました。

(浮き輪を持った格好は一人前、海水浴は半人前の孫朋樹)

 今年初めての海水浴なので孫は今朝までとても楽しみにしていました。ところがいざ海に来るとさっきまでのはしゃぎようとはまったく別人のような雰囲気で、海水の中へ入るのをためらっていました。私は孫を浮き袋に入れゆっくりと海水につけてやりました。そしてその浮き袋の紐を引っ張って400メートルの砂浜の沖合い3メートルくらいな場所を移動しました。最初は怖がっていた孫も次第に水に馴れて海面に浮かんでいるクラゲや海草を掴みがら海水浴とはいい難い慰みをしました。それでも小1時間砂浜で池を掘って遊んだり、渚で泳ぐポーズをとらせたりしながら遊びました。

(さっそうと海を散策するように見えますがまだ恐る恐るです。手にはくらげを串刺しにして遊んでいます)
(どうです双海の海は綺麗でしょう。白い砂浜、透き通る渚、絵になる光景なのに何故か孫朋樹の遊泳はこの程度です)

 今日は天候もよく土曜日とあってかなりの海水浴客が泳いでいました。同じ年齢くらいの子どもはみんなまちまちで腕白そうな子どもは泳ぎ、少しおとなしそうな子どもは水遊びといったところでしょう。突然前にいた子どもの浮き輪が何かの弾みではずれ、小学一年生くらいと思うのですがゴボゴボと海中に沈んでゆきました。人の子どもであるけれど傍にいた夫婦は子どもの存在に気付かずビーチパラソルの下でビールを飲みながら談笑していました。私はとっさに持っていた孫の浮き輪を外して麦藁帽子を海面に脱ぎ捨てたままその子を助けに海中に入りました。海面に上がった子どもはいきなり大きな声で泣き叫ぶのです。その声を聞いてお父さんも海中に駆けつけましたが、「すみません有難うございました」とお礼を言いつつ、溺れかけた息子を叱っていました。子どもが悪いのではなく子どもを見ていなかった親が悪いと思ったので、「子どもから目を離さないで下さい」といらぬお節介をしてしまいました。両親はばつが悪そうに平謝りでした。今日は小さいながら人助けをしてしまいました。

 昼が近くなったので屋外のシャワーまで出かけ、娘が着替えのために用意した袋の中から100円玉を取り出してコイン入れに入れましたが、どういう訳か作動しませんでした。事務所へ言いに行くのも遠いのでそのままの水も滴るいい男のままで駐車場まで歩き、持ち合わせたダンボール箱を座席に敷いて裸ながら海パンで乗り込み、急いで家に帰り孫と一緒にシャワーを浴びました。

 昼食の後少し眠くなって横になっていると私も孫もついウトウトし始め私は20分、孫は1時間ほど午睡をしてしまいました。海での海水浴は疲れるのか何時になく体がだるいようにも感じました。たった1時間余りなのに炎天下での水遊びは体まで焦がし、背中や腕が少しヒリヒリしてきたようです。私などは日焼け止めなどを塗ったことがないのでその効果も知りませんが、今は男でも日焼け止めのご厄介になっている人も結構いるようです。

 20年ぶりの海水浴は私も孫も十分に楽しめました。汗疹や皮膚の病気には海水は薬の役目をするそうなので、汗疹の出かかった孫にはいい薬になったようです。

  「二十年 泳ぐことなく この町で 暮らしてきたとは これは驚き」

  「本当は 海にザブーンと 投げ込んで やりたいつもり ひ弱な孫を」

  「目の前で 子ども溺れて 取るものも 取らず海中 子ども助ける」

  「溺れそう 子ども叱って 何になる 叱る相手は あんただろうが」


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