shin-1さんの日記

投稿者: | 2007年7月26日

○セミの一生

 夏休みになると町中が何処かしら賑やかになったような錯覚にとらわれます。子どもたちの声が聞こえるし、町外の知らない顔が海水浴などにやって来て町をわが者顔で闊歩するのです。もちろん人間ばかりでなくあちこちからはセミの鳴き声も賑やかに聞こえています。

 車でラジオを聴いていると、「子ども何でも電話相談」で面白い相談が寄せられているのも夏休みの特長です。「妖怪とお化けは何処が違うのでしょう」とか、「蛇は全部尻尾のようですが何処から何処までが尻尾ですか」とか、私たち大人でも答えられないような質問がどんどん出てきて、それに専門化がアドバイスを込めて答える話に思わず聞き入ってしまうほどです。

 今日松山の会議に出かけるため車に乗ってカーラジオをつけると、この番組でした。「○○君、今日の相談は何ですか?」。「セミは土の中で6年も暮らしているのに成虫になると僅か一週間の命だそうですがどうしてそんなに短いのですか」。普通だと「?・・・・・・・・?」で終わるのですが、「○○君はどうしてだと思う?」何て返されると子どもは「分りません」と即答するのです。

 回答した専門の先生の話しによるとクマゼミは卵1年、幼虫5年の計6年を土の中で過ごすのだそうです。外国には「13年セミ」と呼ばれるような13年間も土中過ごすセミもいるようで、一斉に羽化して木に止るとセミだらけになって木を枯らすことだってあるというのです。こんなに土の中で長く過ごすのに地上で羽化すると僅か一週間とは誰が考えても長すぎるのです。しかしこれはセミの一生という自然が決めたメカニズムなのでどうすることもできないのです。むしろその事を疑問に思うのは受精してから10月10日体内で過ごし、生まれてから80年も生きる人間の一生というメカニズムとの比較で短いとか長いとか言うのであって、セミの世界から考えると人間の一生も不思議といえば不思議なものなのです。多分セミの世界ででも夏休みになると電話相談があって、セミの子どもが「どうして人間は体内に10月10日いるだけなのに生まれてから80年も生きるのですか」何て質問をしているのかも知れません。

 セミを追いかけて遊んだ子ども時代が懐かしく思い出されますが、セミの命ははかないものだと知ってからはむやみにセミを取らなくなったような気がするのです。

 今日もセミたちは「夏が来たよ」と精一杯の力を振り絞って鳴いています。せめてその鳴き声をうるさいなんて思わずに夏の風物詩だと思って聞いてやろうではありませんか。

 週末には虫に請ってる孫がわが家に遊びにやって来ます。セミ取りもカブトムシ取りもねだらればやらなければなりませんが、せめてセミの話をしてやりたいものだと思いました。

  「セミが鳴く 僅か七日の 命にて せめて上手いと 褒めて聞きたし」

  「六年も 土の中にて 暮らすそう セミに生まれず 良かった胸を」

  「抜け殻の 一つにセミの 物語 木の葉止まって 何を語るや」

  「午後三時 暑さ倍増 セミの声 クーラーもなし ウチワ片手に」


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