shin-1さんの日記

○夏の学力向上トライアル

 小・中・高校では既に長い夏休みに入り、会社でも1週間くらいの夏休みが与えられているようですが、サンデー毎日の私などに夏休みと名の付くものはなく、暇が出来れば夏休みといった感じで、夏休みのあった昔が懐かしく思い出されます。大学に講義に行ってる関係上明後日から学生が2ヶ月の夏休みに入るので一応は私も講義が休講で夏休みなのです。こうして夏休みのある人がいると思えば、この夏休みを飛躍発展に使わなければならない人だって結構いるのです。

 受験が間近に迫っている中学や高校の受験生は夏休みなど上の空で補修などに頑張らなければならないのです。

 学年は2年生で受験はまだ先のことですが、そんな高校のサマーチャレンジに講師として招かれました。私の町からだと往復200キロを越すほど遠い鬼北町にある北宇和高校です。この学校へはこの時期相手こそ違え毎年行っており、一昨年8月4日・昨年8月1日、今年7月30日と日時こそ違え多分三年連続ではないかと思うのです。

 会場は冷房の効いた北辰館という講堂のようなこじんまりした会場でした。担当の三好先生が私を紹介して1時間の授業が始まりました。一昨日の小学生に話すのとはスピードが違い、まるで機関銃のような速さで話しました。多分普通だと1時間半の番組でしょうが早送りして1時間にしたようなものです。それでも高校生は随分乗って聞いてくれました。

 私の話の演題は「青春へのメッセージ」でした。高校生にはこんなタイトルでよく話をするのですが、私が高校生だった頃は長閑な時代でありそれでいて社会悪もそんなになく、殆どの人が大学や専門学校に行く現代のような時代ではありませんでしたから青春を謳歌して過ごしました。そんな時代でも夢だけは持っていました。「夢なき民は滅びる」という言葉の通り、特に若い人たちには将来の夢をきちんと持って欲しいと思うのです。若いときの夢は他愛のないもので、格好がいいとか楽をして儲けたいというな夢に一度は憧れるものです。でもその夢が実現できず失敗したり挫折してもその事に意味があるのだと思うのです。

 私も4人の子どもを育てました。今はそれぞれ別の道を歩んでいますが、次男は転職して5年間も看護学校へ行って看護士となりましたし、三男も転職して警察官となりました。夢に挫折し夢に再チャレンジすることも人生なのです。学業の成績や学歴が巾を利かせた時代は去って、むしろ挫折や失敗を経験した回り道の方がいい人生になることだってあるのです。

 私自身も病で漁師を断念し、そこから身を起こして今日まで生きてきました。多分夢を持っていたから頑張れたような気がします。ただし「夢はドリームではなくターゲットである」ということのために努力したから、ささやかながら夢をつかめることが出来ました。

 凪ぎようで身近い夏休みにもうひと踏ん張りして、夢を見つけてみては如何でしょう。今日も高校生から清新なパワーをいただきました。北宇和高校の2年生の皆さんありがとう。

  「若者に 接する度に 若くなる 俺の心は 衰え知らず」

  「歳だけが 若くて若いと 言えません 歳をとっても 若い人有り」

  「夢つかむ それ相応の 努力要る 後は天運 しっかり励め」

  「楽をして 金や幸せ 来るものか お天道様は しっかり見てる」

  

 

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shin-1さんの日記

○住吉祭り

 私たちが子どもの頃は、隣町であった上灘町や郡中町へ行くのには、舗装もしていない細い砂利道と国鉄しかなく、隣町は遠い遠い存在でした。車など殆どなかった戦後のことですから隣町へ行った記憶などそんなにないのです。それでも夏になると新造船が船降ろしと称する進水式を挙げた船は、香川の金毘羅さんや広島の宮島さんへお参りに行くものですからわが家の船や身内の満艦飾船に乗って、まるで修学旅行にでも出かけるような雰囲気でお参りに行ったものです。途中幾つかの島に立ち寄りながら島伝いに航海しながら目的地に着いた時の嬉しさは淡い少年の頃の夢として今でもはっきりと心の中に焼きついているのです。

 夏の29日は郡中の住吉祭りです。この時も陸路でなく漁師さんたちは漁船を仕立てて近所や親戚の人を乗せて海路のお参りに出かけました。漁船のエンジンもスローな時代でしたから目と鼻の先なのに1時間以上もかかったような感じがしました。西に夕日が傾いた頃、五色浜の松林の沖を通り郡中港の内港に係留して上陸、少しばかりの小遣い銭を握り締め、人でごった返す山門を通ってお参りしましたが、お参りなどそっちのけで屋台の店が並ぶ中に入り、お目当ての屋台の前で長い時間過ごしました。花火が上がりやがて10時頃になると再び船に乗って帰路に着くのですが、船の上では大人たちがこの日のために漁獲した鯛を料理して刺身を作り酒盛りをして楽しんでいました。
(中庭の蔵前で開かれたコンサート、いい雰囲気でした)
(真剣にコンサートに聞き入る孫朋樹)
(孫と松本さんのツーショット)

 今日は住吉さんの縁日です。まちづくり人で親友の門田さんに声を掛けてもらっていたので、宮内家町家コンサートに出かけました。私はコンサートを楽しもうと思っていたのですが、二日前からわが家に逗留している孫がどうしても一緒に行きたいというので、同行する事にしました。孫と車の中でだまってコンサートを聴くよう約束したのですが、4歳の孫には30分が限度で、やれオシッコだのお祭りが終わってしまうなどと耳打ちするものですから、他のお客さんに迷惑を掛けては失礼とそそくさ引き上げました。それにしてもあれほどの人通りなのに宮内家の中庭は喧騒を忘れさせる静寂で、黒竹林や土蔵、飛び石などほの暗い雰囲気は満点でクラリネットなどの五重奏に夏の暑さを忘れさせてしまうほどでした。それにしても文化への関心は意外と薄いと感じました。あれ程の人通りなのに会場に足を運ぶ人はまばらで、まあその分静に音楽が聞けたと思えば納得するのですが、伊予市のような大きな街でさえも文化に対する意識を上げて行くのは容易でないと、あらためて文化協会の会長を務める門田さんの苦労を思いました。会場にはえひめ地域政策研究センターの松本さんご夫妻やわが長男の姿、市長さん始め巡視団一行の姿も見えました。

(息子の出品した組み写真による人間牧場紹介)
(息子の展示写真を説明する本田さん)

 わが長男は建築士会伊予支部の皆さんと町家の一角を借りて展示会を開いていました。息子の出品作品は人間牧場で、孫と私のロケ風呂入浴シーンも恥ずかしながら組み写真で紹介され、心ある通行人が足を止め、「あっ、この人間牧場テレビで見た」などと話したり、「人間牧場の見学はどうすれば出来るのですか」と問い合わせている姿もちらほらでした。

 肩がすれ違うほどの混雑に身をゆだね孫の手を引いて街の中を歩きましたが、孫のお目当ては露天です。かき氷を買い求め、約束どおり自分のお目当ての店で300円のくじを抜きました。8等を引き当て、店の主人が「このグループの中から好きなものを選んでください」といわれ、孫は即座に拳銃と手錠のセットを選びました。やはりテレビの影響でしょうか。私は好ましい物ではないと思いつつ、孫の思いも大事にしたいと思い選びました。

 やがて空模様が怪しくなり、雷や稲光に加え雨が降り始めました。花火を打ち上げる矢先の出来事なので戸惑う人が小走りに立ち去っていました。私たちも急いで駐車場まで引き返し、上がる花火を家の谷間から見ながら家路につきました。



(車の中から孫と一緒に見た花火、綺麗でした)

 孫も喧騒の興奮、花火の興奮、稲光の興奮が重なりショックを受けたのかその夜は疲れているのに中々寝付けませんでした。それでも午前3時ころでしたか、夢心地でアンサンブルコンサートで聞いた童謡を歌いだしたのです。僅か30分のコンサートでしたが、孫の心の潜在能力に音楽は確実にインプットされていました。

  「突然に 夢で童謡 歌いだす 孫の寝顔に 頬ずりしてやり」

  「文化では 飯が食えぬと 思うのか 来て欲しい人 顔も見えぬわ」

  「孫私 恥ずかしながら 展示され 息子説明 どうすりゃいいの」

  「八等を 引き当て孫は ご満悦 屋台のおじさん ぶっきらぼうに」

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