shin-1さんの日記

投稿者: | 2007年7月7日

○久しぶりの佐賀県

 1ヶ月余り前の5月31日、佐賀県嬉野温泉に行って間もない7月5日、再び佐賀県を訪ねました。佐賀県といえば熱気球や吉野ヶ里遺跡、有田焼など小さな県ながらはなわさんやがばいばあちゃんでそれなりの情報発信をしている県です。同じ九州でも東国原知事が暴れている宮崎県に比べると地味な感じもしますが、それでも一度は訪ねたい県なのです。観光はどちらかといえば吉野ヶ里や有田などに足が向くもので、県庁所在地の佐賀市には残念ながらいい情報が入らないのも事実で、今までは素通りの中心地だったように思います。

 博多からだと特急で僅かな時間で来れるので、時間的な余裕があったので私は思いきって次の肥前山口まで足を伸ばしました。何年か前関口智広さんが北海道から旅した「列島1万2千キロの旅」の終着駅が肥前山口だったのです。その時はサンポート高松駅、大豊駅とともに日本一海に近いわが町の下灘駅も登場し、私と関口さんのコラボレーションをやりました。佐賀駅と肥前鹿島駅の間にある駅ですが、とりたてて特徴があるような駅ではありませんでしたが、縁とは不思議なもので肥前山口の存在が頭から離れなかった、ただそれだけのことなのですが、わざわざ切符を買って佐賀ー肥前山口を往復してしまいました。


 佐賀駅に降り立ちましたが、佐賀は高校生のスポーツの祭典高校総体を間近に控え歓迎ののぼりがはためき、歩道の花々も綺麗に咲きそろい、美しく着飾っているようにも見えました。

 講演は午後からなので駅構内の観光案内所で市内観光マップをもらい、会場となる佐賀神社までゆっくりと散策しながら歩きました。シンボルロードを歩くこと20分余りで面白い堀川沿いに出ました。松原川というのだそうですが、佐賀神社の裏手まで通じる堀川は綺麗に整備されて興味をそそる仕掛けが随所にありました。

 河童がテーマなのでしょうか川のあちこちには河童の置物が幾つもあってその表情がとてもユーモラスで思わず笑ってしまいました

(石組みの見事さや小さな橋ながら沢山の橋はそれぞれ特長があって中々凝った造りでした。

(この河童は触ると水が出るような仕掛けになっていてアッと驚きました)

(河童は子どもや父や母などの像で、河童伝説風らしくお皿に説明が書いているのお洒落ですね)

 この通りにかかった小さな太鼓橋を渡ると佐賀神社の裏手に出ましたが、この神社は格式が高そうで幾つもの神社が同じ境内にある珍しいものでした。この季節は夏越しのための輪くぐりが茅を使って作られており、私も輪をくぐってお参りしました。

 境内には大隈重信はじめ佐賀県出身の歴史上の人物の顕彰碑や幕末鍋島藩が鋳造した大砲砲台が展示してあり、幕末から明治維新にかけた動乱の様子を垣間見ることが出来ました。

(小説で読んだことや聞いたことはありましたが、司馬遼太郎の小説「峠」に出てくるアームストロング砲ははじめて実物を見ました)

(佐賀県庁

(佐賀県庁前周辺の堀)
 佐賀県庁付近の堀や旧跡など佐賀城公園を散策ししましたが時間がなくなり佐賀城跡までは行くことが出来ず残念ながら引き返しました。

 佐賀神社の境内にある会館が会場なので早々と会場入りし、県観光連盟主催のマナーアップ研修会に望みました。参加者は約100人弱でしたが、参加者の皆さんは熱心に聞いていただきました。

 今回の旅で見つけたものに葉隠れの教えがありました。私にとっては葉隠れの思想は私設公民館煙会所の名前の由来ですので特に興味を持ちました。(煙会所は次郎物語を書いた下村湖人の煙仲間という本に由来しています。葉隠れの当時煙は最高の情報伝達手段、つまり狼煙として利用されていました。煙を見て来るもよし去る人追わずはまさに煙会所の塾是なのです。会館のロビーには大きな年輪を刻んだ輪切りの大木に文字が掘り込んでありました。

   葉隠四誓願

 一、武士道ニ於イテオクレオ取リ申スマジキ事

 二、主君ノ御用ニ立ツベキ事

 三、親ニ孝行仕サルベキ事

 四、大慈悲ヲ起シ人ノ為ニナルベキ事


  「何気なく 通る堀川 河童住み 思わず触れて 驚きの水」

  「飛道具 これで外国 打ち負かす 真剣議論 鎖国の幼稚」 

  「葉隠れの 四誓願は 今もなお 使えるものと 思えば使え」

  「佐賀有田 思う私は 古いかも 今はがばいの ばーちゃんですよ」


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