shin-1さんの日記

投稿者: | 2007年7月3日

○出雲路への遠い旅

昨日から2日間、島根県雲南市吉田町で開かれた商工会女性部のブロック研修会に招かれて出かけました。講演の時間が10時からなのでどんなルートを通っても日帰りは無理なので、思い切って前日から出かけることにしました。今回のルートは松山観光港から広島宇品港まで船で渡り、電車とバスを乗り継いで島根県入りするというルートです。講演が明くる日なので本を読みながらのゆったりとしたひとり旅でしたが、あいにく雨にたたられてしまいました。それでも旧吉田村の松嶋さんのご好意で出雲大社の近くにある島根県立古代出雲歴史博物館を見学することが出来ました。出雲は日本最古の歴史に彩られた地域です。中でも最近話題となった出雲大社境内遺跡から出土した宇豆柱(うずばしら)と加茂岩倉遺跡から出土した銅鐸39個(重文)と荒神谷遺跡出土の銅剣358本(国宝)は見応えのある展示でした。一度はこのミュージアムを訪ねこれらの出土品を見てみたいと思っていただけに、夕闇迫る気忙しい時間でしたが時の経つのも忘れて見とれてしまうほど堪能させてもらいました。

(博物館へ通じる道の横は緑のじゅうたんのようで、梅雨の柔らかな雨が緑を余計引き立てていました)

(玄関ロビーで古代服に身をまとったスタッフが優しく迎えてくれました)
(ガラス窓が続く通路を行くと奥まった場所に受付がありました。松嶋さんは両足を手術して2本のステッキ風杖をついての歩行なのですが、それを見ていたスタッフから「身障者と介助者は無料だと告げられました。松嶋さんだけならいざ知らず私まで無料とは。ご辞退しましたが熱心に簾勧められて甘んじてご好意を受けました。スタッフの皆さん有難うございました。
(入場して最初に度肝を抜かれたのは3本の杉の大木です。ここだけ撮影が許されていたので写真を撮りました)

 平安時代の出雲大社本殿の姿は色々な学説があるそうですが、この出土した宇豆柱によってさらに確かか証明がされたようです。中に入ると巨大神殿出雲大社の姿が10分の1の模型で復元されていました。しかも学者それぞれの学説により何種類もの模型が並列的に展示され、その違いが興味深く見て取れました。残念ながらその全ては撮影禁止でご紹介できないのが残念です。銅鐸と銅剣の展示も見事で、これだけ多い数が一挙に出土した訳ですから、世紀の大発見と騒がれるのも無理からぬことです。この見学で銅鐸が何の目的で造られたか長年の疑問が解けました。普通の人は出雲大社にお参りに行って、歴史博物館は素通りするのですが、私は歴史博物館を見て出雲大社へはお参りをしませんでした。そのくらい大きな価値だったと思いました。

 出雲路は信仰文化・青銅文化・鉄文化など日本の歴史を解明する上で貴重な資料の残る地域です。この資料を見た後、それぞれの発掘現場へ足を伸ばすのもまたミステリアスで興味をそそられます。この日は雨の夕暮れだったこともあってその先へは進めませんでしたが、何時の日かそんなひとり旅もしてみたいものです。

 歴史博物館の見学を終えた私は松嶋さんの運転する車で国道9号を通らず宍道湖の北岸431号の旧道を通って松江入りしました。夕闇迫る雨の宍道湖もおつなもので、海の風景には慣れている私ですが、湖の穏やかさはまた格別な趣きがありました。

  「介助者と いう名で入場 無料とは 粋な計らい 島根は優し」

  「博物館 だけ見て大社 参らずに 帰る愚かさ 今に天罰」

  「銅鐸や 銅剣ずらり 特別展 はるか古代の 人に思馳せ」

  「喧騒の 社会がまるで 嘘のよう タイムスリップ 古代モードで」 


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