shin-1さんの日記

投稿者: | 2007年7月2日

○ツーリズム

 何年か前私は下関市の合併記念イベントで、講演やシンポジストを頼まれて訪れたことがあります。下関といえば関門海峡に架かる大橋や関門トンネルをはじめ日本海と瀬戸内海の二つの海を有し、日本に完たる風光明媚な場所として知られています。しかし近年は後追いだった博多の繁栄に押され、加えて対岸の門司のレトロに押されて何となく影が薄くなっているような感じを持っていました。バナナの叩き売りの口上もふぐの取り扱い日本一を誇るグルメの町も、博多ラーメンの庶民性にお株を奪われたように思うほどです。

 しかし下関は私が海大好き人間だからかも知れませんが、歴史の中に生きてきたレトロな感じや海に向かって建つ佇まいは、どことなしか懐かしい香りがするのです。

 そんな下関のシンポジウム会場で大分県安心院の中山ミヤ子さんに会ったのも懐かしい思い出です。安心院はご存知のようにグリーンツーリズムの先鋒として急速に脚光を浴びている町ですが、中山さんの話はとても魅力あるものでしたし、その話を確認すべく仲間を集めて農家民宿を営む中山さんの家へわざわざ出かけたりもしました。

 中山さんの話はとても面白いものでした。大学の先生の話と違って理路整然とはしていないものの、朴訥と語る方言丸出しの話は時には可笑しく、時には悲しく、それでいて真髄を突くようなものだったと記憶しています。田舎の時代遅れの代名詞と言われた五右衛門風呂や溜め置きの便所さえ非日常ゆえに、都会の人には魅力として映るのだそうです。別に風光明媚な土地でなくても、別に美味しい牛肉や魚がなくても、自信を持った生き方さえすれば日々の暮しが観光資源になるということを話してくれました。

 今私たちの住んでいる田舎はどんどん人が減って過疎となり、子どもを生まなくなったことと医学が進んで長生きするようになる少子高齢化という社会現象の波が押し寄せ、限界集落といわれる集落を幾つも抱えているのです。多分そこに住む人たちの殆どは何をやっても上手くいかない負け組み意識に苛まれながら自然消滅の時をじっと待っているような感じさえするのですが、中山ミヤ子さんの話はその田舎への応援歌ともとらえられる頼もしいものでした。

 最近旅のかたちが少しずつ変りつつあることを感じるようになりました。先日学生を連れて訪ねた今治でもグリーンツーリズムが少しずつ芽を吹いていると報告されていましたし、昨年20回もお邪魔した高知県四万十市西土佐村でもツーリズムに目覚めつつある人たちを沢山見てきました。昔は「いい景色のところにみんなで行って、温泉に入って美味しいものを食べて」が旅の主流でした。勿論今でもそんな旅を好む人は多いけれど、ただ「見る」だけでなく「体験する」ひtが増えているところに現代の人のモヤモヤ感のようなストレスを感じるのです。

 グリーンツーリズムは農業体験、ブルーツーリズムは漁業体験ですが、「旅に行ってまで働くの?」と感じる人もいるようですが、ビルの中でデスクワークしている人たちにとっては自然の中で大地や海やそこに生きる人々と接しながら身体を動かすことは意味のあることのようで、手ごたえや体感を求める人が修学旅行までも変えようとしているのです。

 ある意味では田舎が都会を求める20世紀に比べ、都会が田舎を求めるいい時代になったし、知恵さえ出して行動すれば田舎という負の遺産も大きな商品価値になるかも知れない期待感を持つのです。既に密造酒の代名詞のように言われたドブロクだって「ドブロク特区」などという用語まで飛び出しているのですから面白いものです。

 諦めかけていた田舎の人に少し自信を持たせるツーリズムの動きも、儲け主義を追求し過ぎるとリピーターは増えず、折角資金をつぎ込んで整備した水周りへの投資も回収できずに廃業なんてことになるのかも知れません。ツーリズムの命はやはり心と心の温かいふれあいの上に存在する事を肝に銘ずるべきだと思うのです。

  「ツーリズム 俺もやろうと 皮算用 客足伸びず 元の木阿弥」

  「こんな場所 人がよく来る 不思議がる もてなし心 ネット情報」

  「火吹き竹 穴かな息を 吹き込んで 真赤な顔は まるで赤鬼」

  「五右衛門の 風呂に浮かんだ 下簾板を 取ってアイタタ 底抜け騒ぎ」

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