shin-1さんの日記

投稿者: | 2006年4月16日

○アウトサイドインかインサイドアウトか

 自分という人間を評価するには、自分が評価する場合と人が評価する場合がありますが、自分と人の評価は必ずしも一致せず、時には大幅なズレだって生じることがあります。自分では正しいと思って行動しても人はそうは思っていなかった、なんて経験は誰にでもあるはずです。人の声に耳を傾け絶えず自分の存在を意識しながら正しい方向に導くことは、自分の人生を充実したものにするためにやらねばならない作業なのです。中には人の意見などまったく無視し、それを自分の信念だと思い込み自我を通そうとする人もかなりおり、人の世の難しさをしみじみ感じるのです。

 自分が自分の欠点に気付きその欠点を変えようとする場合に最初にやることはアウトサイドインという手法です。私の場合人の前で話をすることがまったく苦手で赤面症かと思われるくらい人の前に出ると上がってしまい思っていることの半分も言えない時代がありました。今の自分を知っている人は「えーっ、うそー」と思うくらい本当の話なのです。一度大失敗をしました。私が23歳の時双海町青年団長候補に推薦され、他の3人と演説で争うことになりました。私は原稿用紙を3枚も書いてウンコ部屋で丸暗記したのです。これなら大丈夫と臨んだ演説会でその原稿の全てを忘れてしまい、頭が真っ白になって何もいえなかったのです。でも結果は応援弁士の巧みな話術によって85パーセントの得票を得て私は青年団長に選ばれました。その時はまだアウトサイドインにその救いの手を求めて、話の上手い人の話を聞いたり、上手く話せる本を読んだりしました。でも自分の欠点に気付いて焦れば焦るほどアウトサイドインでは上手く喋れなかったのです。

 その年、青年学級で「ラブレターの書き方」なる講習を受けました。先生が「どんな美辞麗句を並べても相手のハートは動かない。普段着の気持ちを書こう」というのです。その学びが4回ありましたが、青年学級生は先生の勧められるままに第14回「NHK青年の主張」に80人全員が応募をしました。ところが何故か私の原稿だけが審査に通り、私はNHK松山放送局のオーディションに望んだのです。多分駄目だろうからと五本の指にマジックで自分の主張の粗方を書いて望み、原稿は団長選挙の時と同じようにどうせ忘れるだろうからと持参しませんでした。じつはこれが私のアウトサイドインからインサイドアウトになった瞬間だったのです。

 結果はNHK青年の主張の愛媛県代表に選ばれ、それ以来人の前に立っても余り上がらなくなって話が出来るようになったのです。原稿を書いて覚えこむと、その原稿を忘れまいという考えばかしが先走り、肝心な話がどうしても疎かになります。ですから私は今でもそのことがきっかけで、どんな2時間の講演であろうと原稿など一切持たずに話ができるようになりました。

 アウトサイドインは外側から変えようとする方法ですが、外側から個人を強制的に変革させようとしても帰って反発を招きます。人や組織を指導する場合この手法では決していい成果は生まれません。むしろ内からの変革というインサイドアウトは不可能に近いのです。私はこれまで社会教育やまちづくり、それにボランティア活動でこの手法を使って組織を活性化してきました。勿論家庭の子育てだってこの手法しか方法はないのです。インサイドアウトは個人からの変革、心の変革なのです。

  「外よりも 自分の内に 力あり やれば出来るは 魔法の言葉」

  「話せない 私は欠点 克服し 今はどうにか 内気口下手」

  「あれ程に いつもムダ口 何故か人前 急に上がって」

  「俺にでも 出来るか聞いて 話し出す 少し自信が そうだその意気」 

 

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