shin-1さんの日記

投稿者: | 2006年4月11日

○私の人生はどんな色?でどんな時代?

 自分の人生を色や時代で表現すると今の自分はどんな色でどんな時代だろうと考えてみました。今の自分の人生をばら色なんて輝く表現はできませんから、さしずめ黄色と表現しましょう。そんなに遠くない昔、「幸せの黄色いハンカチ」という高倉健と倍賞千恵子の北海道の炭鉱が舞台になった映画を見ましたが、赤や青の連続した人生の果てに迎えた今の心境は、少しだけハッピーエンド的な黄色がピッタリのようです。降り返れば私にも社会教育に燃え、町名変更に燃え、夕日に燃え、まちづくりに燃えた赤の時代がありました。その赤く燃えた分だけ裏返しとして真っ青な失敗や反対に一喜一憂した時代もあったのです。言い換えれば赤と青が交互に襲ってきたから赤は赤でより鮮明に、青は青でより深い青となって心に焼きついているのだと思うのです。同じ赤と青の時代にも若草色の期間も混在しました。初めて子どもが生まれた時の喜び、長男が生まれた時の喜び、青年お船でアメリカやメキシコを旅した時の喜びは、まさに草燃える春の色だったように思うのです。

 ここでは何故か赤い色の文字で表現しようとしていますが、わが人生の黒色の代表格は何といっても母親の死です。祖母も祖々父母も見送り叔父や叔母も見送りましたが母の死は格別な黒色でした。台風襲来で裏山が崩れその片付け作業中チエンソーで足を切った時も一瞬ではありましたが黒色です。でも何故か黒色であるはずの昨年3月31日はブラックデーではなく黄色でした。たった2年間でしたが激務に明け暮れた教育長としての役割から解き放たれ、しかも35年間の公務員生活に終止符を打てた安堵感が黄色に感じさせたのかも知れません。

 ああ、ばら色で思い出しましたが、たった15分間の見合いで妻と知り合い結婚を決めたあの頃は短いながらばら色でしたし、アメリカから帰って一念発起して自宅を新築した時もばら色だったようです。でもその後には赤貧洗うが如しとまではいきませんでしたが、ローンや子育てで妻にはかなり窮屈な思いをさせたようです。

 孫の声を聞くと赤くなり、妻の声を聞くと灰色になる、まあ一日のうちでもこうして色々な色が交互に現れるのは人生が充実しているからなのかもし知れません。打ち沈んだ老後を一人寂しく過ごす黒色な人生はご免こうむりたいものですが、人生は一寸先はどうなるか分りません。でもたとえそれが沈んだ色の人生であっても明るい色の人生にするよう努力すればいいのです。今の時代のスピードは私たちにとってはあまりにも速過ぎ変化が多過ぎます。そう感じるのはスピードの速さと変化の大きさについて行けない人間になっているという自覚も必要でしょう。その自覚をしてマイペースで明るい色の人生を生きて行きたいものです。

  「今の俺 色に例えりゃ 黄色です 信号注意 いやいやし・あ・わ・せ」

  「孫の声 若草色と 思いきや いきなり妻の 声で灰色」

  「俺だって ばら色人生 ありました もう来ないかも あんな楽しさ」

  「ふと見れば 周り素敵な 春の色 赤青黄色 いい色染まろ」

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