shin-1さんの日記

投稿者: | 2006年4月1日

○功名が辻

 今日からお隣の高知県高知市では、NHK大河ドラマ「功名が辻」にあやかって博覧会が開かれていることがテレビのニュースで流れていました。今年の大河ドラマは司馬遼太郎の原作だけに中々面白く、山内一豊とその妻千代の波乱に飛んだ生涯が描かれています。高知といえば坂本龍馬に代表される明治維新の志士たちを生んだお国柄だけあって、あちらこちらにやたらと銅像や生家などがあり、これらを使った物語やまちづくりには事欠きません。今度の大河ドラマによって一豊の妻千代が加わりその熱はオーバーヒート気味のようです。

 しかしこれは小説家が後の世に書いたあくまでもノンフィクションの世界であり、千代があれほど美人だったかどうかも疑問なのです。ドラマを見ていつも思うのですが何故にあんな美人ばかしを登場させるのだろうかと・・・。それは視聴率を上げるためにいたし方のないことかも知れませんが、もう少し普通の世界を描いてもいいのではないかと思うことさえあります。

 戦国時代の醍醐味は手柄と出世です。大将の首の一つもとれば大きな手柄となり出世は間違いなしです。時々取った首の実検分が行われるシーンがありますが、さらしに包んだ血の滲む首は思わず目を背けたくなる光景です。でも何故かその首なし死体はどうなっかまでは放送には出てこないのです。

 大阪夏の陣で徳川方は豊臣方の首を2万人も取ったといわれています。取った首は首検分されますが、これは宗教の弔いの儀式でもあったようで、首は身分によって作法が定められ軍師が管轄していました。

首検分の後の死体や名もなき雑兵の遺体はそのまま放置され野に朽ちるのを待つだけでした。日本では死者を「葬る」といいますが、語源は「放る(ハブル)」、「棄る(ハブル)」ではないかといわれています。

 遺体の放り方はそのままかゴザに巻いて放置、大きな穴を掘って遺体を捨ててそのままにする。川や沼に沈めるなどいずれも手厚く葬ることはしなかったようです。

 戦場となった場所にはその後の人が供養のため石を置いたり塚を立てたりしたようですが、時々工事現場からそんな戦の後が見つかるのも当然のことといえましょう。

 ドラマは時として格好よい場所だけを誇張して表現します。「小説家見てきたような嘘を書き」かもしれません。信長や秀吉や家康といった時代の英雄のわがままな戦にどれ程の名もなき人が死んだであろうと思う時、ドラマの華やかな一面だけでは語れない隠されたもう一つのドラマにも心を移して欲しいと思うのです。

  「高知では 大河ドラマに 名を借りて 地域おこしに 熱を入れ過ぎ」

  「鬼の首 いや大将の 首を取る それ程しないと 功名上がらず」

  「俺の妻 千代より上だ 褒めてみた 褒め殺しだと かえって冷めた」

  「高知県 銅像好きな お国柄 えーとあそこに あそこにもある」

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